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『マツリカ・マジョルカ』|感想・レビュー【マツリカシリーズ】

女王様系ヒロインはお好きですか?

どうも、トフィーです。
今回は『マツリカ・マジョルカ』について、紹介していきます。

 

この小説はこんな方にオススメです。
・ちょっと変わったライトミステリーを読みたい方
「女王様」気質なヒロインが好きな方
・サクッと読める短編集をお探しの方
巻数少なめシリーズものをお探しの方


マツリカ・マジョルカ (角川文庫)

というわけで、さっそく行きましょう。

1.『マツリカ・マジョルカ』あらすじ・作者情報とシリーズの順番について

a.あらすじ

柴山祐希、高校1年。クラスに居場所を見付けられず、冴えない学校生活を送っていた。そんな彼の毎日が、学校近くの廃墟に住む女子高生マツリカとの出会いで一変する。「柴犬」と呼ばれパシリ扱いされつつも、学校の謎を解明するため、他人と関わることになる祐希。逃げないでいるのは難しいが、本当は逃げる必要なんてないのかもしれない…何かが変わり始めたとき、新たな事件が起こり!?やみつき必至の青春ミステリ。

引用:マツリカ・マジョルカ (角川文庫)

 

b.作者・相沢沙呼先生の関連作品『小説の神様』『medium』

 

作者は相沢沙呼先生。
マツリカシリーズ以外にも、映画化もした『小説の神様』シリーズや、『medium 霊媒探偵城塚翡翠』など様々な物語を生み出しています。
特に『medium』に関してですが……

「第20回本格ミステリ大賞受賞」
「このミステリーがすごい! 1位」
「本格ミステリ・ベスト10 1位」
「SRの会ミステリベスト10 1位」
「2019年ベストブック」

といった数々の功績を残している、化け物じみた一冊となっています。

そしてそんな『medium』について、『マツリカ・マジョルカ』のカドフェス2020年版の帯では、以下のように紹介されています。

『medium』はこのシリーズから生まれた

どうでしょう。
『マツリカ・マジョルカ』に関して、興味が湧いてきませんか? 

 

c.マツリカシリーズの順番について

今回紹介する『マツリカ・マジョルカ』ですが、いわゆる「マツリカシリーズ」の第1作目に当たる短編集です。

 

シリーズ第2作目に当たるのが、『マツリカ・マハリタ』です。
こちらも短編形式となっています。


そして第3作目に当たるのが、『マツリカ・マトリョシカ』
こちらはシリーズ初の長編となっていて、同時にマツリカシリーズの最終巻です。

 

合計3作です。
第1作目の『マツリカ・マジョルカ』にはまったならば、もう少しだけその世界観を楽しめます。
それにシリーズものとしては冊数が少ないため、集めるのにもそこまで苦労しません
また1・2作目は短編集でサクッと読めてしまうので、気になった方はとりあえず手に取られてみてはいかがでしょうか?

 

2.『マツリカ・マジョルカ』感想・レビュー

a.個人的な評価など

評価:★★★☆☆
角川文庫
2016年2月刊行

カドフェス2020の作品の一つということもあり、今年手に取られた方も多いのではないでしょうか?
『マツリカ・マジョルカ』について、『カドフェス2020年 夏のおすすめ本』の小冊子では以下のように紹介されています。

ツンデレ女子とパシリ柴犬の青春学園ミステリ!

引用:『カドフェス2020年 夏のおすすめ本』

ツンデレ。
うん、確かにツンデレかもしれない。
でももっと正しく言うのであれば、「女王様」の方がふさわしいと思います。

 

個人的評価は☆3です。
その理由については、次で説明していきます。

b.作品内容について

定石にそいつつも、個性が天元突破している物語でした。
たとえば、この手のジャンルにはだいたいのがあります。
具体的には……

・美人探偵とワトソン役の男のペアという点
・その二人は、「陰と陽」だったり「欠点を補い合うような関係」だったりと、方向性の違うタイプの人間
・短・中編を組み合わせて一冊にしている
・ミステリ―よりもキャラクターに重きを置いている(最重要)

などなど、他にもいくつもの共通点があります。


『万能鑑定士Qの事件簿』、『ビブリア古書堂の事件手帖』、『珈琲店タレーランの事件簿などを筆頭に、この手の組み合わせのライトミステリ―は数多くありますが、その中でも『マツリカ・マジョルカ』は極めて異質なシリーズでした。 
というのもこの作品、フェチに関しての熱量がとにかくすごいんです。

 

だからこそ、この『マツリカ・マジョルカ』はかなり人を選ぶ作品かと思います。
例を挙げると以下の通り。

①マツリカさんがドS

・主人公の柴山くんを「柴犬」と呼ぶ。
・そうでないときは「お前」
・主人公はパシリ扱い
・ツンデレというより基本的にはツンドラ
・それでもなお、彼女との関係を心地よく感じてしまう主人公(ドM)

②「太腿」と「匂い」へのこだわり

実際に見ていただきましょう。

空いている方の手で窓枠を摑むと、向こう側から白い太腿をゆっくりと室内に下ろした。彼女の脚がしなやかに折り曲げられ、窓の向こうからこちらへ降りる。思わず眼を見張り、喉が鳴った。心臓が止まる寸前だった。ターンチェックのプリーツの裾がするりと肌を滑り落ちて、その露出の範囲を過剰なまでに大きくする。扇状に広がりながら、腿に擦れる短いプリーツの立体的なラインを、僕は注視していた。陽光に照らされる彼女の肌はまるで死体みたいに白かった。

引用:『マツリカ・マジョルカ』p12

 映像化はよ。

という本音冗談はさておき、上記の引用を見ていただければわかるように、主人公の柴犬くんは太腿に対して並々ならぬ情熱を持っています。
こんなに太腿について描写している小説は、初めてです。(ライトノベルでもなかなかないのでは……?)
たった16ページ目でこれですが、これはまだまだ軽いジャブ。
読み進めていくうちに、2発目・3発目と次々に太腿パンチが放たれてくるのです。

 

そしてもう一つ特徴的だったのはマツリカさんの匂いの描写。
これについても太腿と同じくらいの熱量をもって語られており、同じ男でありながら柴犬くんには若干引いてしまいました……笑(でもまあ、彼の変態性がこの作品の味なので)

 

「女王様」・「太腿」・「匂い」以外にも、本作ではいくつものフェチが詰め込まれています。
ですから必然的に、この作品が合うかどうかは、そういったフェティシズムにどれほどの耐性があるかどうかで変わってくるでしょう。
特に女性読者の、好き嫌いははっきりと分かれそう。


ぼくにとっては、自分がドМでないことを再確認できるいいきっかけになった作品でした。
ただ、マツリカさんと柴犬くんについていけない場面がままあり、かなり人を選ぶ作風ということから、おすすめ度は★3に留めました。

 


そしてもう一つ、☆3とした理由は「読後感」にあります。
この作品は、4つの短編から成っているミステリーですが、最後に明かされる謎は基本的にあと味の悪いものになっています。
そのためハッピーエンドを望む方、爽快な読後感を求める方にはあわないでしょう。

 

ただ、そういった要素を考慮してもかなりユニークで面白い作品ではありますので、興味のある方にはぜひとも手に取っていただきたいです。
新しい扉が開けるかもしれませんよ

 

 
最後までご覧いただき、ありがとうございました。
 
 
 

 『シュレディンガーの猫探し』
謎を解き明かすのではなく、迷宮入りさせるという独創的なミステリー

www.kakidashitaratomaranai.info

他にも記事を書いています。
もし良ければご覧ください。

www.kakidashitaratomaranai.info

 

【アーサー王伝説】原典のひとつ『マビノギオン』|内容を簡単にご紹介

 

アーサー王伝説関連の書籍に3万円以上を費やしているAuraです。しかしまだまだ買いたい本は尽きません。揃えるのが先か、お金とスペースが無くなるのが先か……!!笑

 

さて、僕が新たに本棚に加えることにしましたのは、アーサー王物語の一部をその中に含んでいる『マビノギオン』です。

 

なお、近年、アーサー王伝説の知名度を高めているゲーム『FGO』でも、『マビノギオン』が元ネタとして使われています。

「隻腕のベディヴィエール」「トゥルッフ・トゥルウィス」「エハングウェン」など、プレイヤーの方なら聞いたことがあるのではないでしょうか 笑

 

この記事では、

①『マビノギオン』の内容

②『マビノギオン』におけるアーサー王伝説

③『マビノギオン』が読める本(の比較)

についてお話ししていきます。

 

おそらく、『マビノギオン』に興味を持つようになった方の多くは、アーサー王伝説との関連について知りたい(かつて僕自身がそうでした 笑)のだろうと思いますので、特にその接点に比重を置いて書いています。

 

 

『マビノギオン』の内容

『マビノギオン』とは、イギリス南西部ウェールズにて作られた11編の物語の総称です。それぞれの成立した時期は同じではなく、11~14世紀にかけて誕生していったものを現代では『マビノギオン』というひとつの物語集として括っているのです。

 

書名の由来は、「少年たち」を意味するウェールズ語「マビノーギ」。

 

『マビノギオン』に収録されている11編の物語は、以下の3つのグループに分けることができます。アーサー王伝説に属するものは太字で示しました。

《マビノーギの四つの物語》

①ダヴェドの大公プイス

②スィールの娘ブランウェン

③スィールの息子マナウィダン

④マソヌウイの息子マース

 

《カムリに伝わる四つの物語》

⑤マクセン・ウレディクの夢

⑥スィッズとスェヴェリスの物語

⑦キルッフとオルウェン

⑧ロナブイの夢

 

※カムリ:ウェールズ地方に住むカムリ人のこと

 

《アルスルの宮廷の三つのロマンス》

⑨ウリエンの息子オウァインの物語

⑩エヴラウクの息子ペレドゥルの物語

⑪エルビンの息子ゲライントの物語

 

※アルスルとは「Arthur」、つまりアーサーを指す

 

カタカナがいっぱい並んでいてややこしくなりますね 笑
次項では、「キルッフとオルウェン」を中心に取りあげ、簡単に内容をご紹介します。

 

 

『マビノギオン』におけるアーサー王伝説

『マビノギオン』の11ある物語の内、5作品がアーサー王伝説に属しています。
前項の内容から抜粋しまとめると、以下の5つになります。

 

・キルッフとオルウェン
・ロナブイの夢
・ウリエンの息子オウァインの物語
・エヴラウクの息子ペレドゥルの物語
・エルビンの息子ゲライントの物語

 

「マビノギオン」の中で特に有名である『キルッフとオルウェン』については詳しく触れていきますが、他は手間なので簡潔に数行で記しました 笑

 

【参考】
『オウァインの物語』『ペレドゥルの物語』『ゲライントの物語』とほぼ同一の作品について、こちらの記事中で詳しく書いています。

www.kakidashitaratomaranai.info

 

キルッフとオルウェン

『マビノギオン』で最初に成立した物語です(11世紀末)。

アーサーの甥であるキルッフが、オルウェンを妻に迎えようと考えます。キルッフはアーサーのもとへと向かい、結婚に必要な品物を獲得するための手助けを願い出ました。

 

巨人に出された数々の難題を達成していくことで品物を手に入れ、ついにはオルウェンと結婚することができた……というのが大まかなストーリー。

ただ、主人公であるキルッフは最初と最後くらいしか出てこず、難題解決や巨人狩りはアーサー王たちの手でなされるという…笑

 

そしてこの「キルッフとオルウェン」では、カイ(ケイ)とベドウィル(ベディヴィエール)の活躍が描かれます。

 

カイには特別な能力があります。それは

①九日と九晩、水中で息を保てる
②九日と九晩、眠らずにいられる
③森の中の木と同じくらいまで背を伸ばせる
④手から熱を発してものを乾かせる

 

「えっ?」っと思う能力の数々ですよね 笑

 

「キルッフとオルウェン」は神話時代の要素を色濃く残しているため、この頃のカイは妖精みたいな能力を使えるんです。
まぁ「こんなことができるぜ!」という能力紹介のようなもので、物語中でこれらの能力を使うことはありません 笑

 

そして、「ベドウィルは隻腕」であると言及されるのもこの話です。しかし隻腕ながら屈強な戦士で、巨人が投げてきた槍をつかんで投げ返し、命中させるという武勇を見せます。つよい…!!笑

 

そして難題のひとつであり、「キルッフとオルウェン」の話の大部分を占めているのがトゥルッフ・トゥルウィス狩りです。

トゥルッフ・トゥルウィスは元は王でしたが、邪悪さのゆえに神によって猪の姿に変えられたということが語られます。

 

そしてトゥルッフ・トゥルウィスの持つ櫛と剃刀と大鋏が、キルッフとオルウェンとの結婚で必要だという理由でアーサー王たちと戦うことに。

最後には櫛などを取られた後、彼は行方をくらませます。

 

(アーサー王の大広間「エハングウェン」もここで登場。ただ、「名匠グルイディンがエハングウェンを作った」と書かれているだけです。そしてグルイディンはトゥルッフ・トゥルウィスに殺されてしまう……)

 

ちなみにこの「キルッフとオルウェン」、最初期に成立した作品なこともあってか、プロットは荒削りで緻密な心理描写にも欠ける」ところが多いと訳者に指摘されています。(森野聡子訳『ウェールズ語原典訳マビノギオン』より)

 

確かに、僕も読んでいて「……なんでそうなる???」と感じる展開がいくつかありました 笑

 

ロナブイの夢

ロナブイという男が、夢の中でアーサー王の宮廷に行く話。短編です。

 

ウリエンの息子オウァインの物語

「オウァイン」とは、「獅子の騎士」の二つ名で知られる円卓の騎士ユーウェインのことです。

オウァインと「泉の貴婦人」とのエピソード。「獅子の騎士」の名の通り、獅子を駆って戦う場面も。

 

エヴラウクの息子ペレドゥルの物語

「ペレドゥル」は円卓の騎士「パーシヴァル」のこと。この物語には「聖杯探索」のエピソードに通じる要素が見られます。

ペレドゥルは騎士に憧れ、修行の末に騎士に任じられます。その後様々な冒険へと赴く……という話です。

 

エルビンの息子ゲライントの物語

「ゲライント」は円卓の騎士「エレック」を指しますが、先ほどのふたりと違って名前の雰囲気が全然違いますね 笑

ゲライントは美しいイーニッドと結婚するも、結婚生活を送る内に国の執政を怠ってしまいます。その後なんやかんや経て凛々しい騎士に戻りめでたしめでたし!

 

円卓の騎士エレックの物語はほとんど邦訳されていないので、この『ゲライントの物語』は貴重といえます。

 

『オウァインの物語』『ペレドゥルの物語』『ゲライントの物語』の3つは、宮廷文学として完成度が高く、「キルッフとオルウェン」に比べると文学的に洗練されています。 

【参考】
先ほどもリンクを貼りましたが、こちらの3作品についてもう少し詳しく説明している記事です。

www.kakidashitaratomaranai.info

 

『マビノギオン』が読める本(の比較)

さて、ここまで『マビノギオン』の内容についてご紹介してきましたが、本で読む場合は以下の四冊が候補に挙がります。 

①中野節子訳『マビノギオン 中世ウェールズ幻想物語集』(JULA出版局)
→全463ページ

 

②森野聡子訳『ウェールズ語原典訳マビノギオン』(原書房)
→全560ページ

 

③シャーロット・ゲスト著 井辻朱美訳『シャーロット・ゲスト版マビノギオン』(原書房)
→全356ページ

 

④トマス・ブルフィンチ著 野上弥生子訳『中世騎士物語』(岩波文庫)
→『マビノギオン』のダイジェストが140ページほどで収録

 

結論から言いますと、僕のおすすめは①か②です!
(ちなみに①~③はけっこうお値段します。どれも4000円くらいです…笑)

 

訳文の読みやすさはどれもそう変わらないのですが、①と②は訳注と解説が充実しています。

 

『マビノギオン』は中世ウェールズの物語であるため、現代人から見ると「どうしてそこでそうなるんだろう…?」と感じるところがいくつかあります。

しかし、訳注と解説があれば知識に疎くても理解でき、楽しむことができます。
(③と④は注がないんですよね…)

 

例えば、先ほどの「キルッフとオルウェン」では、キルッフが父に「アーサー王に髪を切ってもらえ」と言われるのですが、現代人からすると「なんで髪を切ってもらうんだ…?」ってなりますよね 笑

 

ここで訳注を参照すると、

ケルト社会においては、「髪を切る、整える」という行為は、「親密に関係になる」、特に「血縁の関係である」ことを認める象徴的な行為であった。

出典:中野節子訳『マビノギオン 中世ウェールズ幻想物語集』

 

とあるので、その意義深さが分かるわけです。

 

では最後に、参考としてキルッフがアーサー王の元へと向かう場面の引用を載せておきます。

3冊の内どの訳文が合うか(好みなのか)、確認してみてください…!

 

【関連記事】

www.kakidashitaratomaranai.info

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①『マビノギオン 中世ウェールズ幻想物語集』(JULA出版局)


( ↑ 画像はAmazonへのリンクです)

 

少年の父が言った。「どうした、息子よ。なんでそんなに顔を赤らめておる。何を悩んでいるのだ?」

「継母上が私に、巨人の長イスデザデンの娘オルウェンをめとらぬ限り結婚することはできない、という呪いをかけておしまいになったのです」

「そんなことはたやすいことだ、息子よ」と。父は言った。「アルスルはそなたの第一の従兄弟だ。行って髪を整えてもらい、贈り物としてオルウェンを手に入れてもらえるように、頼んでみるがよい」

 

少年は、淡い灰色の頭と貝殻の形のひづめとしっかりした脚をもち金の管状の轡をはむ、四年の冬を越した駿馬にまたがって、走り出ていった。馬には高価な金の鞍が置かれ、(後略) 

 

②『ウェールズ語原典訳マビノギオン』(原書房)


( ↑ 画像はAmazonへのリンクです)

 

父が言った。「息子よ、なぜ赤くなっておる?どこか悪いのか?」

「母上がわたしに定めをかしたのです。妻を得ることは決してできない、巨人の頭アスバザデン・ペンカウルの娘オルウェンを手に入れるまではと」

「たやすいことだ、息子よ」と父が言った。「アーサーはそなたのいとこ。アーサーのもとへ行って髪を切ってもらい、それから、その件について無心するがよい」

 

旅の若人 乗る馬は
白きたてがみ 葦毛古馬
四つ冬経たる 強き足
高らか響く 貝ひづめ
馬のくわゆる ものみれば
ハミぞきらめき 黄金色
猛き駿馬に またがれば
燦と輝く 金の鞍

 

後半の訳が明らかに異なっていることが分かりますね。キルッフの旅立ちが韻文(詩の形式)で訳されています。

 

①と比べると、②は解説や訳注にあてられたページ数が多いです。より詳しく理解したい場合はこちらがおすすめです。(①:50ページほど ②:160ページほど)

買う場合、値段も1000円ほどアップしますが……笑 
ただ、JULA出版局のは今はプレミアがついてるので、こっちの方が入手しやすいです。

 

③『シャーロット・ゲスト版マビノギオン』(原書房)


( ↑ 画像はAmazonへのリンクです)

 

父王がたずねた。「せがれよ、何があったのじゃ。何が悩みじゃ」

「母上が、わたしには、イスパダデン・ペンカウルの娘オルウェン以外には嫁はもてまいとおおせられました」

「いとやすいことじゃ。アーサー王はそちの従兄。アーサー王のもとにゆき、髪を切って、それを願うがよい」

 

若者は灰色まだらの馬にのって旅立った。馬は四度目の冬を越したばかり、四肢たくましく、蹄は貝の形、金のくつわに、価千金の鞍をおいていた。

 

③は、現代のファンタジー画家アラン・リーによる挿絵が多く入っているのがポイントです。訳注や解説がないのが惜しいですね…。

 

なお、『マビノギオン』は11編の物語の総称だと初めにお話ししましたが、最初にその括り方をしたのがこの本の作者、シャーロット・ゲストです。

彼女がウェールズ語から英訳したものを、さらに日本語訳したものが③です。

 

読書をする時におすすめの付箋|cocofusen

みなさんは読書中に付箋を使いますか?


どうもトフィーです。
この記事では読書におすすめの付箋、『cocofusen』を紹介していきます。

 


ココフセン BOOKMARK モスグリーンS

 

ぼくが読書中に付箋を使う理由

学習参考書や教科書に使う方はいくらでもいるけれども、小説にまで貼るという方となるとグンと少なくなるのではないでしょうか。
それでもこの記事にまでたどり着いた方の多くは、きっと付箋ユーザーなのだろうと思います。

 

かくいうぼく自身もそうです。(こんな記事を書くくらいなので、当たり前ではありますけれど)
ぼくは昔から読書中に付箋を使い続けてきました。
その対象は幅広く、純文学や人文書、経済やら哲学やらの本に、さらにはライトノベルにすら貼ります。

 

重要だと思ったところにペタリ、伏線っぽい箇所にペタリ、知らない言葉を見つけたらペタリ、表現が気になったところにペタリ、エモーショナルな印象をうけたらペタリ、なんとなくペタリ。
貼ってはページを読み進め、読了後にもう一度付箋の箇所を見返すというスタイルで本に向き合ってきました。

 

「わざわざそこまでして面倒じゃないの?」「覚えておけばいいじゃん」
そう思う方もいるかもしれません。
けれどもそれはなかなか難しいのです。
なにせ毎回30枚くらいは使ってしまうほどなので、それだけの量を覚えておくのは至難の業です。
それに覚えていようと意識していると集中できませんし、いちいちメモなんてしていたら非効率的すぎて全然先に進みません……。

 

今やぼくにとって付箋は読書をする上での必須ツールとなってしまいました。
付箋をきらしてしまうとソワソワしてしまう、禁断症状も出てしまいます。
そうです、俗に言う付箋中毒者です。
もはや付箋と一心同体、なんならぼく自身が付箋になるまであります。
今なら藍染も圧倒できます。嘘です。

 

読書をする際には『cocofusen』が超便利!

数ある付箋の中でも、ぼくが最も気に入ったのは『cocofusen』です。
有名な商品なので、すでにご存知の方も多いでしょう。
なんならこの記事を見てくださっている人の中にも、使っているよーという方もいらっしゃるかと思います。

 

以下では、そんなcocofusenのどのような点が読書に向いているのかを説明していきます。

 

cocofusenのココがいい その①ポケットケースに収納されている

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cocofusenは写真のように、カラーごとに小さなケースに収納されています。
ちょっと珍しいですよね。

そしてこのケースですが、裏にほどよい粘着力があるので、ブックカバーの折り込み部にペタッとくっつけておくことができるのです‼

 

ぼくはそれまで付箋の束ごとカバーに貼りつけていたんですが、むき出しのままのためよくバラけてしまって大変でした。
また、栞にもなるかなと思って、クリアケースにまとめて収納されているものも使っていたのですが、本を手に持ったときにすべり落ちてくることがままあり……。
とまあ、小さなストレスを感じていたのです。

 

けれども、cocofusenであれば、バラけることもすべり落ちてくることもありません。

 

おおげさな表現ではありますが、ぼくにとってこのデザインは革命的でした。

もちろん読書以外でもオススメです。
デスクやバインダー、ファイルなんかにも貼れるので、いちいち筆箱から出す手間もありません。
そのため、勉強や仕事の効率を少しアップさせられます。

cocofusenのココがいい その②細くて薄い

cocofusenですが、その横幅は文庫本でいうと一行ほどしかありません。
そのため、気になった箇所をピンポイントでマークできます。
二行にまたがってしまって、あとで混乱するような事態を防ぐことができるのです。

また一枚一枚が薄いため、文字の上に貼ってしまっても隠れることがなく、問題なく読むことができます。

 

つまりcocofusenは、細さ・薄さがちょうどいいため、あとで本を読み返すときに非常に便利なのです。

 

 

今回の記事はここまでです。
もう一度cocofusenの特徴についてまとめると……

①ポケットケースに収納されているから、ブックカバーに貼れる

②細くて薄いため、あとで読み返すときに非常に便利


といった感じです。
ちなみにこのcocofusenですが、シンプルなものだけでなく、かわいいデザインのものもあります。
気になった方はお店や以下のリンクなどで、ぜひチェックしてみてください。

 
ここまでご覧いただき、ありがとうございました。

本屋大賞『流浪の月』感想・レビュー|読書感想文にもおすすめの内容

偏見と憶測について突き詰めていく傑作

どうもトフィーです。
今回の記事では、凪良ゆう先生の『流浪の月』についての感想を語っていこうと思います。
2020年の本屋大賞を受賞した作品で、文句なしの傑作でした。


流浪の月 (創元文芸文庫)

 

 

1.あらすじ

あなたと共にいることを、世界中の誰もが反対し、批判するはずだ。わたしを心配するからこそ、誰もがわたしの話に耳を傾けないだろう。それでも文、わたしはあなたのそばにいたい――。再会すべきではなかったかもしれない男女がもう一度出会ったとき、運命は周囲の人を巻き込みながら疾走を始める。新しい人間関係への旅立ちを描き、実力派作家が遺憾なく本領を発揮した、息をのむ傑作小説。

 引用:流浪の月 (創元文芸文庫)

 

2.本屋大賞『流浪の月』感想・レビュー|読書感想文にもおすすめの内容

 

a.評価と情報

評価:★★★★★
東京創元社
2019年8月30日刊行 
2020年本屋大賞 

 

b.作品内容

誰もが悪意や善意、執着や依存などの様々なフィルターを通して世界を見ている。
「偏見」「憶測」にとらわれてしまい、事実とはほど遠い空想であれこれと語ってしまう。
『流浪の月』のテーマをふんわりと説明するならば、こんな感じでしょうか。

 

「偏見」と「憶測」いうものは、生きていくうえで終始つきまとってくる厄介な問題です。
この記事を読んでくださっているみなさんの中にも、「偏見」と「憶測」に苦しめられてきた人が少なからずいらっしゃることでしょう。
だからこそ家内更紗と文の境遇が他人事は感じられず、強く読者の心を揺さぶってきます。
こういった内容の本は、読書感想文にもおすすめではないかと思います。

 

この物語は、幼いころに誘拐された少女・家内更紗(かないさらさ)と、彼女を連れ去った大学生の青年・佐伯文(さえきふみ)の物語です。
つまりは被害女児と誘拐犯ということになりますが、二人の関係はただそれだけのものではありません。

 

更紗には居場所がありませんでした。
彼女は幸せな家庭に生まれました。
浮世離れしていると評されるような、たとえば夜ご飯にアイスクリームを食べるような家庭ではありましたが、彼女はそれでも幸福でした。


けれども、まだ彼女が幼いうちに父親が亡くなり、母親は蒸発してしまいます。
引き取られた伯母の家では、彼女は夜ご飯にアイスクリームも食べられないし、周りとあわせることを求められます。
その上に、夜な夜なその家庭の息子が部屋に忍び込んできては体を触っていく。
彼女は両親を失うとともに、安心して帰る場所も、自分らしく振舞う場所もなくなってしまったのです。

自分を押し殺して送る日々に、とうとう限界が近づいてきます。
ある雨の日の児童公園のベンチで、彼女が沈んでいると一人の青年が声をかけてきました。
「うちにくる?」、と。
彼はいつも公園に現れては本を読むふりをして、児女の姿をただ黙ってじっと見つめていく、いわゆる「ロリコン」と噂されるような人物でした。
けれども彼女は、彼に親近感を覚えていました。

 

というのも、更紗は公園で友だちと遊んで別れてから、また公園に一人戻って読書を始め、可能な限り時間を潰すという日々を送っていたのです。
その時間になってもまだ青年は残っているけれども、互いに声もかけずに読書に耽る。
そんなルーティーンのような毎日を送ってきたために、気づけば青年に親近感を覚えていて、だからこそ彼の「うちにくる?」という申し出も受けました。

 

それからというもの、更紗の景色には色が戻りました。
青年――文は、更紗に一切の危害を加えないどころか、彼女のしたいことを受け入れ続けます。
文はけっして彼女を否定せず、周囲にあわせることを強要しない。
だからこそ、更紗は文と過ごす日々に居心地の良さを覚え、文も彼女に影響されていき、二人は仲は進展していくのです。(といっても、二人の関係は恋愛ともまた違います)

 

ですが、そんな日常が長く続くはずはありません。
更紗が行きたいと願った動物園で、文は捕まってしまいます。
捕らえられる文と泣き叫ぶ更紗の姿は、野次馬に録画されてしまい、それからデジタルタトゥーとしてネットに残り続けるのでした。

 

普通の小説ならもうこれだけで、一冊近くの分量になるでしょう。
ですが、この時点ではまだたったの70ページ。
全体の3分の1にも満たない量です。


この物語のすごい点は、ここまでの濃密なストーリーを経たうえで、それを下敷きに更紗が大人になってからの物語を展開していくという点にあります。

 

彼女は周囲から「家内更紗ちゃん誘拐事件」の被害女児としてのレッテルを貼られ続け、そんな中で偶然に文と再会するというところから物語が再び動き出します。
そして「偏見」「憶測」が二人を蝕み続けていくのです。

 

これ以降のストーリーは、ぜひご自身の目で確かめてください。
圧倒されるとともに、とあるシーンで背筋が凍ります。

 


流浪の月 (創元文芸文庫)

 

これ以降では、物語全編の内容を踏まえての感想をのせています。
ネタバレを避けつつも、『流浪の月』に共通する部分のある「おすすめの小説」をチェックしておきたいという方は、以下のリンクをご活用ください。

 
 
 
 
 
 
 
 
 

3.『流浪の月』全編を通しての感想(決定的なネタバレを含みます)

ここまでご覧になられている方の多くは、すでに『流浪の月』を一読されているかと思います。
そんな方々には、「背筋が凍った」という先のぼくの言葉には共感していただけるのではないでしょうか。

 

具体的に述べるのなら、3章の終盤。
文が狼狽しながら口にした、トネリコによる比喩です。

 

あの比喩により、文は幼少期から歩みを進めることができなくて、それゆえに大人の女性を愛することができなかったということが明かされます。
つまり、彼は小児性愛者なんかじゃなかったというわけで、その衝撃たるや凄まじいものでした。
この物語を通して「偏見」と「憶測」について考えていたぼく自身が、彼について誤った解釈をしてしまっていたのです。
そしてそれは更紗も同じ。
「偏見」と「憶測」に苦しめられてきた更紗でさえもが、またそれらに支配されていた。
恐ろしいことに、ぼくたちは虚構を「事実」だと思い込んでいた。

 

 

「ああ、これか。これがそうなんだな」、と心の底から理解させられましたね。
叙述トリックにも近いあの仕掛けがあったからこそ、『流浪の月』は評価されて本屋大賞を受賞するにまで至ったのだなぁ……としみじみと思いました。

 

もうこの小説を、学校の教科書に載せて欲しいくらいです。
この小説を通して、「偏見」、「憶測」、「マイノリティー」、「デジタルタトゥー」、「メディアリテラシー」などなど、一度は考えなければいけない問題について深く触れることができます。
実感のないまま「偏見はやめよう」と「憶測でものを言ってはいけない」と教えるのではなく、一度それらを体感してから考えた方がよっぽど身になるだろう。

 

同じ月でも、日時や場所、その他のあらゆる条件によって見え方は変わるのだということを、ぼくたちは戒めなければならない。


難しいことではあります。
それでも「偏見」と「憶測」に縛られず、真実に向き合わなければいけません。
そうすることで、ほんのわずかにでも救われる人がいるはずです。
『流浪の月』のラストの、文がそうであったように。

 

4.似ている部分のあるオススメの小説

『私が大好きな小説家を殺すまで』

「家庭から逃げ出した女子小学生が、美男子の部屋を居場所とする」と言えばまさにドンピシャに感じることでしょう。
また性質は違えど、世間の視線に苦しめられるいう点も共通しています。

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『15歳のテロリスト』

「まずは全てを知らなきゃ判断できない」
作中での台詞であり、重大なテーマでもありますが、まさに『流浪の月』のそれと共通しています。
少年犯罪という問題を扱っている点でも通じているので、ぜひ読んでいただきたいです。

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『恋する寄生虫』

主人公とヒロインが、「重度の潔癖症」と「視線恐怖症」というマイノリティ的な性質を有していて、人に理解されない苦悩を抱えている点が共通しています。

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アーサー王伝説の事典を比較|『図説アーサー王伝説事典』と『アーサー王神話大事典』

 

このところアーサー王伝説関連の本を買い漁っているAuraです。しかし、やっぱり価格の高いものが多いんですよね…。なので買う時は厳選したいのですが、一見似たような内容の本だと、どれを選ぶのがいいんだろうと迷ってしまいます。

 

僕が以前迷ったのは「事典」でした。
アーサー王伝説についての知識を整理し、そして深めるためにも事典を買おうと思い立ったんです。

 

そこでググった時にヒットしたのがこの二冊…!! 

①ローナン・コグラン著 山本史郎訳『図説アーサー王伝説事典』原書房

 

②フィリップ・ヴァルテール著 渡邉浩司訳 渡邉裕美子訳『アーサー王神話大事典』原書房 

(伝説・神話を扱う事典は他にもありますが、アーサー王伝説が中心となっている事典はこの二冊です)

 

 

ページ数や項目数などの簡単な比較

まず、先んじて両者の基本的な情報を比べましょう。

『図説アーサー王伝説事典』
(以下、『伝説事典』と表記します)

 

・A5変形サイズ/320ページ

・値段:3800円+税

・項目数:約1300

・出版年:1996年

 

 

『アーサー王神話大事典』
(以下、『神話大事典』と表記します)

 

・A5サイズ/498ページ

・値段:9500円+税

・項目数:約600

・出版年:2018年

 

上記の情報は原書房さんの書籍ページより引用したものですが、『伝説事典』の項目数だけは今回自分で数えました…大変だった……。

 

では、このふたつを見比べますと、『神話大事典』は『伝説事典』の2倍以上の値段で、ページ数は200ほど増加しています。

しかし項目数であれば『伝説事典』の方が2倍多いという結果に。

 

※項目数に関して、単純な比較はできません。例えば、

メドラウト  MEDRAWT 「モルドレッド」参照。

(『図説アーサー王伝説事典』より)

というように、別称から一般的な呼び方へと飛ばすためだけの項目もあります。ちゃんと数えてはいないのですが、こういった項目が100近くあったかと思います。

 

「あれ、じゃあ『伝説事典』と『神話大事典』のどっちがいいんだ…」と判断に困る方が出てくるかもしれません。

 

結論から述べますと、両方あると良いでしょう 笑
なぜなら、この二冊は事典としてのコンセプトが大きく異なるからです。

 

でもこれではなんの参考にもならないので、以下に細かい違いを書いていく…のですが、ぶっちゃけ『神話大事典』の紹介がメインです 笑

 

①『図説アーサー王伝説事典』


( ↑ 画像はAmazonへのリンクです)

 

『伝説事典』、実はいい意味であまり書くことがありません 笑

と言いますのも、『伝説事典』はアーサー王伝説の事典としてオーソドックスな作りになっているからです。

 

こちらでは、人名(主要人物から脇役まで)や地名などを手広く扱っています。
そして物語の顛末(「誰が何をしてどうなったか…」)が載っているため、「この人は誰だっけ」「どんな活躍をしたんだっけ」という確認をするのに向いています。

 

まぁ、ほんとに目立たないモブみたいな脇役の場合だと「〇〇の父。」みたいにひとことで説明が終わっていることもありますが… 笑

 

また、アーサー王物語の原典にはいろんなパターンがありますけれども、それぞれで人物像・言動などにどのような違いがあるかもまとめられていて、情報の整理にも適しているでしょう。3800円+税という価格も、入門として手を出しやすいと思います。

 

②『アーサー王神話大事典』


( ↑ 画像はAmazonへのリンクです)

 

続いては、この記事のメインである『神話大事典』です。まず表紙デザインはこちらの方がかっこいいですね 笑

 

《神話的特徴》を重視した事典

書籍内に記されているコンセプトがこちらです。

本書では、アーサー王文学の登場人物を逐一とりあげて項目を作成したりはしなかった。(中略)収録項目の見出し語(特に登場人物)は、どちらかといえば《神話的な特徴》をはっきりとそなえていることを基準に選定した。

 

アーサー王伝説に出てくる人名や概念の中でも、(ケルト神話等の)神話に起源を持つもの、関連を持つものを重点的に収録しています。

 

こういった起源・関連と、アーサー王伝説における立ち位置についての解説に紙幅を使っているために、『伝説事典』の約半分の項目数でもページ数が多いわけです。

 

なので、目立った活躍がないような脇役とかだと項目自体がありません。

こう書くと、人名をたくさん載せている『伝説事典』が良くないもののように見えるかもしれませんが、要は目的に応じた使い分けが大事ということです 笑

 

では、《神話的特徴》などが実際どのように書かれているのか、円卓の騎士トリスタンを例に見てみましょう。枠で囲ったところが引用になります。

 

「トリスタン」の名といえば、フランス語の「トリステス tristesse:悲しみ」という語に由来すると一般に解釈されていますが、『神話大事典』では別の説が…!

コーンウォール語(ブリテン島のコーンウォールのケルト語)「トリ」(tri、《3》)と「ステレンヌ」(sterenn、《星》)の組み合わせである。これは狩人オリオンの星座を構成する3つ星にあたるが、確かにトリスタンは有名な狩人である。ベルール作『トリスタン物語』では、占星術に通暁した小人フロサンがトリスタンとオリオンをはっきりと結びつけている。

 

上記の引用は解説の一部分に過ぎず、トリスタンの他の要素(ドラゴン殺し、楽師)についても踏み込んだ考察がなされています。

 

このように《神話的特徴》に重きをおいて書かれているということの仔細がイメージできたかと思います。そして、その《神話的特徴》が物語中でどんな意味を持つかが述べられているのです。

(『伝説事典』に載っていたような物語の顛末は簡単にまとめてあることが多いです。まぁ『神話大事典』を読むような人であれば、大体知っているでしょう!)

 

『神話大事典』のようなアプローチをする事典や解説書はあまり見かけないので、読んでいて面白い…!時間があっという間に溶ける…!!笑

 

項目の末尾にある「関連」も便利で、他の項目もついつい引いてしまい、またしても時間を奪われます。

先ほどの「トリスタン」であれば、説明の最後に

⇒ガルルース、毛むくじゃらのユルガン、傲慢男エストゥー、タンタリス、ピクース、(後略)

(※「タンタリス」は「タントリス」の誤植だと思われる。ここでは元の表記のまま引用)

 

というように主だった関連項目を掲載しているので、延々と読んでいられます…笑
アーサー王伝説に出てくる用語は数が多いので、紐づけられてあるのはありがたいです。

 

「アーサー王物語総覧」が便利

『神話大事典』のさらなる特筆すべき点は、「アーサー王物語総覧」が載っていることです。

アーサー王物語は世界各地で作られていますが、総覧ではケルト文化圏、中世ラテン語圏、フランス語圏などの括りで、地域ごとに作品がまとめられています。

 

そして僕が特に便利だと感じたのは、それらの作品の邦訳がある場合、書誌情報も付記されていること…!(2018年時点での邦訳)

 

これが本当に助かるんですよ…!アーサー王伝説の原典そのものを読もうとすると、「数が多くて何が何やら?」ってなるんですが、総覧を見ればどの本になんの作品が載っているのかが分かります。

 

目的とする本の情報を手早く確認できるだけでなく、単純に「アーサー王伝説 本」とか「ランスロット 本」とかで検索しても引っかからないような書籍の情報も見つかって『神話大事典』さまさまです 笑

 

アーサー王伝説の解説書の中にも邦訳についてリストアップしているものはありますが、『神話大事典』の総覧は一番使いやすく、かつ網羅的にまとめてあると思います。

 

余談ですが、総覧を見てて「アーサー王物語って全然邦訳されてないんやな…」と愕然。うーむ、日本でもっと人気が高まる日の訪れんことを…。僕は特に長編『ランスロ本伝』が読みたいッッ!!

 

フランス語読みで引くのに苦戦するかも

『神話大事典』の内容自体は初心者でも上級者でも楽しめると思うんですが、初心者向きでない点がひとつだけ……。
それは、人名などをフランス語の読み方で引かなければならないこと。

 

著者の方がフランス人なので、翻訳もフランス語準拠です。ガウェインなら「ゴーヴァン」、マーリンなら「メルラン」というように、英語読みから結構変わるものもあるんですね。

 

もちろん、フランス語読みが分かるような配慮も一部あります。事典で「ガウェイン」と引けば、

ガウェイン → ゴーヴァン

という項目が書いてあってちゃんと飛ばしてくれます。

 

他の人名でも同じように

ガレス→ゲールエ

ガヘリス→ガエリエ

とあったりします。

ただ仕方ないことですが、全部の人名にこういうサポートがついてるわけではないんです、、、笑

 

僕の経験した一例を書いておきます。

①円卓の騎士パーシヴァルの妹、ディンドランについて調べよう!

 

②「ディンドラン」で引くも載っていない。フランス語読みへ飛ばす項目も書いてない。

 

③兄のペルスヴァル(パーシヴァル)の説明や関連にも出ていない。

 

④巻末の「項目一覧」の中のタ行を見て、ディンドランっぽいのを探す。

 

「ダンドラーネ」がそれっぽいなと感じ引いてみる→正解

まぁ、ディンドランはマイナーなので仕方ないですね…笑

 

ただ、例えばガラハッドのような有名な騎士でも、飛ばしてくれる項目がなかったりするので、フランス語読みが分からない場合には項目一覧を見て探すなどしなければなりません。

(ちなみにガラハッドのフランス語読みは「ガラアド」です)

 

とはいえ、原典をよく読んでおられる方であれば、この苦労はないと思います。
一方僕はアーサリアンとしてまだまだ修行中の身で、フランス語読みを熟知しているわけではないため、こういう風に探すのがちょっと大変だったことも…笑

 

 

おわりに

ふたつの事典のポイントをまとめておきます!

〇『図説アーサー王伝説事典』

 

・320ページ

・値段:3800円+税

・項目数:約1300

 

アーサー王伝説の事典としてオーソドックスな作り

・物語の顛末の確認に適している


( ↑ Amazonへのリンクです)

 

〇『アーサー王神話大事典』

 

・498ページ

・値段:9500円+税

・項目数:約600

 

・《神話的特徴》を重視した事典

・「関連」が知識の幅を広げてくれる

・「アーサー王物語総覧」がとても便利

 

・フランス語読みで引くのに初めは戸惑うかも


( ↑ Amazonへのリンクです)

 

両方手元に置くのが理想……ではありますが、 どちらかだけを選ぶ際に、この記事の情報をご参照くださいましたら幸いです。

 

ちなみに、記事冒頭でどちらにするか迷っていた僕は、結局両方買いました 笑

図書館で読み比べている内に絞るに絞れなくなり、「あー!もう両方買っちゃえ!!」と半ばヤケ(?)になって約15000円を飛ばしました。後悔は…していません!!

 

 

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零真似『君はヒト、僕は死者。世界はときどきひっくり返る』感想

映像映えしそうな、異種界恋愛物語

 

どうも、トフィーです。
今日もまたガガガ文庫のライトノベルから一冊紹介していきます。
最近手に取るラノベが、青い背表紙の作品ばかりになってきていますが、安定して面白いものが多いからしょうがないのです。

 

さて、今回紹介するのはガガガ賞受賞作品、『君はヒト、僕は死者。世界はときどきひっくり返る』です。
独特な世界観で展開される、詩的でロマンチックな物語でした。

ファンタジーの中でも独特な世界観のものが読みたい、異種界恋愛ものが読みたいという方におすすめです。


君はヒト、僕は死者。世界はときどきひっくり返る (ガガガ文庫)

 

 

1.あらすじ

交わることのない、君と出会った。

天空に浮かぶ「世界時計」を境に分かたれた「天獄」と「地国」。地国で暮らす死者の僕はある日、常夜の空から降ってくる彼女を見つけた。
一目見た瞬間から僕はもう、恋に落ちていた。

彼女の名前はファイ。僕の名前はデッド。
彼女はヒトで、僕は死者。だからこの恋は、きっと実らない。
それでも夜空は今日も明るい。

二つの世界の引力バランスがひっくり返る「天地返り」の日まで、僕は地国のゾンビから彼女を守り、そしてきちんと「さよなら」を告げる。

これはやがて世界を揺るがすことになる、相容れない僕たちの物語だ。

第14回小学館ライトノベル大賞・ガガガ賞受賞作!!

引用:君はヒト、僕は死者。世界はときどきひっくり返る (ガガガ文庫)

 

2.『君はヒト、僕は死者。世界はときどきひっくり返る』感想・レビュー

a.評価と情報

評価:★★★★☆
ガガガ文庫
2020年7月刊行 
第14回小学館ライトノベル大賞「ガガガ賞」を受賞

 

『君はヒト、僕は死者。世界はときどきひっくり返る』は新人賞出身の作品です。
そして受賞時点では『デッドリーヘブンリーデッド』というタイトルでした。
解題前のものもかっこよくて好きですが、今の方が内容は想像しやすいですね。


著者は零真似(ぜろまに)先生
新人賞受賞作ではありますが、角川スニーカー文庫より『まるで人だな、ルーシー』『いずれキミにくれてやるスーパーノヴァ』といった作品を出されてるプロ作家です。

 

そして、例のごとくゲスト審査員の若木民喜先生のコメントを引用させていただきます。(漫画『神のみぞ知るセカイ』で有名な先生ですね)

すごく楽しかった。デッドとファイの関係性がけなげでとても良くって、2人を応援しながら読めました。文章も簡潔ながら必要なことを良いタイミングで出してきてくれて、先が気になってちょっと時間が空く度にいそいそと読んでいました。地国編は最高。クロス君の血で描いた「ごめん」にはズキーンとしました。

なんなら、天獄に行かなくてもよかったぐらいです。感情移入はすっかりできていたので天獄編の期待感はすごかったんですよ。なのにえらく駆け足で残念。天獄編をもっと長く見たかった!

引用:https://gagagabunko.jp/grandprix/entry14_FinalResult.html

読み終えた感想としては、今回もおおむね同意です。
地国編が素晴らしく、どっぷりと物語に浸ることができました。
詳しくは以下で語っていきますので、よければこのままご覧くださいませ。

 

また、イラストは純粋先生
優しいタッチで描かれる、純粋な主人公や芯のあるヒロインのイラストが、物語をより美麗に彩っています。

 

b.作品内容と感想

グッと引き込まれるような魅力的な作品です。

 

この物語には「2つの世界」と、「2つの種族」が存在します。
まずは世界の方から解説していきます。
空に浮かぶ世界時計を挟んで、対になるように上下に存在する天獄地国
そしてこの天地は、時計の中の「きらめきの欠片」が落ち切ったタイミング(1ヶ月)で変動します。
上から下へと行くことはできますが、その逆は不可能という一方通行のルートが生成されるというわけです。
この物語は、ヒトの少女・ファイが天獄から足を滑らせて、地国に落ちてきてしまい、地国に住む死者の少年・デッドと出会う場面からスタートします。

 

はい、ここで2つの種族について解説します。
ヒト」:生きている天獄の住民。
死者」:地国の住民で、死なない者。
この2つの種族には交流がありません。
それどころか、特にヒト側は死者を恐れてさえいます。
それは死者がヒトの存在を感知すると、理性と言葉を失くして、肉を求めて襲いかかるゾンビと化してしまうからです。

 

だからこそ、ファイもデッドを恐れます。
というよりも、出会って早々に「いいぃぃぃいいやあああぁぁぁぁあああああああ⁉」(以降、この叫び声は何度も登場する)という叫び声とともにぶってきます。
デッドの首ももげます。
でも平気です、死者だから。
そしてあろうことか、そのタイミングで彼は恋に落ちていたのでした。


また奇妙なことに、デッドはヒトであるファイを目の前にしてもゾンビ化することはありませんでした。
「愛のパワー」というやつです。(作中で何度も登場する言葉です)

この続きはあらすじ通り、デッドは次の天地返りの日までファイを守り抜き、彼女を天獄へと送り返すことを決意するのです。


美しい物語でした。
種族の違うもの同士が互いに歩み寄りながら惹かれ合い、二人で苦難へと立ち向かっていくという、王道中の王道――「異種界恋愛」作品。
有名どころだと『美女と野獣』なんかがそうですよね。
燃えますし、萌えますね。
燃え萌えキュン死、仰げば尊死というやつです。

 

自分はこの手のジャンルには、今まであまり触れてきませんでした。
むしろ苦手意識さえあったかと思います。
だからこの作品についても、正直に言えば、小学館ライトノベル大賞だからという理由だけで手に取ったわけですが、どういう経緯であれこの物語に触れることができたのはラッキーでした。
最初から最後まで面白かった。
他の2作品も出来がよかったし、今年のガガガ新人賞作品は当たりばかりだなあ……。

 

 
致命的なネタバレを含まない感想はここまでとなります。
これより先には、③ネタバレアリの感想と、④他のおすすめ作品というように続いていきます。
ネタバレを見ずに関連作品をチェックしておきたいという方は、以下のリンクで移動できますのでよければご活用ください。
 
 
 
また、こんな記事もあります。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

3.『君はヒト、僕は死者。世界はときどきひっくり返る』ネタバレアリの感想

上では絶賛していましたが、今回評価については☆4にしています。
その理由はというと、世界時計の不調の原因が主人公らにあり、それがどうしても気になってしまったからです。


物語終盤では、突如として起こった天地返りによって、何人ものゾンビが天獄へと紛れ込んでしまい、そして彼らによって多くのヒトが亡くなってしまいます。
また天獄のその後についても描かれません。
自分は多少の粗は気にしない方だし、この作品自体もかなり好みの部類ではありますけれども、この点だけは残念だったかなと。

 

恋は盲目、ファイのためならば世界がどうなっても構わないみたいな覚悟や開き直りがあれば、(評価はわかれるかと思いますが)個人的にはまったく問題はありません。
ただ今作に関して言えば、デッドは優しすぎたわけで、それがキャラクターとしては大きな魅力とはなっていますが、若干のズレを産んでしまった……という感じです。

 

ただそれ以外の点では高クオリティであり、ツボに入る所も多く、そしてなによりも純粋に読んでいて楽しめる作品だったことは間違いないため、個人的な評価としては☆4が妥当かなーというところです。
零真似先生は、すでに角川で何作品か出しているとのことなので、また読んでみたいと思います。

 

4.他のおすすめ作品

 といっても同じく小学館ライトノベル大賞の受賞作品ですが。
『シュレディンガーの猫探し』『サンタクロースを殺した。そして、キスをした。』も新人賞に相応しい新しさと面白さを兼ね備えた作品で、非常に面白かったので気になった方はぜひチェックしてみてください。

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ガガガ作品に限らず、色々なラノベ・ライト文芸についてレビューしていますので、もしよければご覧ください。

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【記憶のロールバック】八目迷『きのうの春で、君を待つ』感想

青春とタイムリープ、明かされる真実と決断

どうもトフィーです。

今回は八目迷先生のライトノベル作品、『きのうの春で、君を待つ』について紹介していきます。
前作『夏へのトンネル、さよならの出口』と同様に季節外れのレビューにはなってしまいますが……、やはりこの作品に関してもいつ読んでも名作といえるほどの完成度でした。

 

切なくて甘酸っぱい、幼馴染の物語です。
相変わらずの繊細な文章が、その魅力を底上げしていて読んでいて癒されました。


きのうの春で、君を待つ (ガガガ文庫)

 

 

 

1.あらすじ

幼馴染だった二人、すれ違う時間と感情。
17歳の春休み。
東京での暮らしに嫌気が差した船見カナエは、かつて住んでいた離島・袖島に家出する。そこで幼馴染である保科あかりと2年ぶりの再会を果たした。

その日の夕方、カナエは不可思議な現象に巻き込まれる。
午後6時を告げるチャイム『グリーンスリーブス』が島内に鳴り渡るなか、突然、カナエの意識は4日後に飛んだ。混乱の最中、カナエは憧れの存在だったあかりの兄、保科彰人が亡くなったことを知らされる。
空白の4日間に何が起きたのか。困惑するカナエを導いたのは、あかりだった。

「カナエくんはこれから1日ずつ時間を遡って、空白の4日間を埋めていくの。この現象を『ロールバック』って呼んでる」
「……あかりはどうしてそれを知っているんだ」
「全部、過去のカナエくんが教えてくれたからだよ」

『ロールバック』の仕組みを理解したカナエは、それを利用して彰人を救おうと考える。
遡る日々のなかで、カナエはあかりとの距離を縮めていくのだが……。

甘くて苦い、ふたりの春が始まる。

大きな感動を呼んだ、『夏へのトンネル、さよならの出口』に続き、八目迷×くっかで贈る、幼馴染だった少年少女の春と恋の物語。

引用:きのうの春で、君を待つ (ガガガ文庫)

 

 

2.『きのうの春で、君を待つ』感想・レビュー

a.評価と情報

評価:★★★★★
ガガガ文庫
2020年4月刊行 


w受賞を果たした『夏へのトンネル、さよならの出口』に続く、第二作目の小説。
この作品についても以前レビューをしていますので、よければご覧ください。

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『夏』『春』と季節を含むタイトルが続いていますが、『四季シリーズ』と称して、『秋』『冬』の物語も刊行される予定とのことです。
シリーズとついていますが、『夏トン』と今作に物語としての繋がりはないため、『秋』も『冬』もそれぞれ独立していて、1冊で完結するタイプの話になるのではないかと思います。

 

また四季シリーズ以外にも、『ミモザの告白』という続刊ものの物語が始動しました。
このラノで4位を獲るなど、すでに注目度の高い作品となっています。
他の八目迷先生の作品とは、また違った読み応えのある物語になっていますので、もしよければご覧ください。

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さて、話を戻して『きのうの春で、君を待つ』についてですが……。

 

本作も文句なしの星5、まごうことなき名作でした。
個人的には夏トンの方が好みだけれども、今作の方がハマる方も多いと思うし、優劣はつけがたいです。
あまり作家買いはしない方ですが、八目先生の次回作は絶対に買うと決めました。

 

 

b.作品内容

前作のレビュー記事でも書きましたが、ある程度まで読み進めるとページを読み進める手が止まらなくなります。

 

この物語は、東京で父親と二人暮らしをしていた主人公・船見カナエが、妹と祖母の住む故郷・袖島に家でするところから始まります。
……ところが、二年もの間、妹とは連絡を取っておらず、再開早々に口喧嘩。

 

その結果、家出先でも逃げ出すというなんともいえない状況に陥るわけですが、堤防でひとり涙を流す幼馴染の少女・保科あかりと再会。
以後、彼女を中心に物語は大きく動きを見せます。

 

あかりと別れてから、打ち捨てられた小さな公園に訪れた主人公。
そこで古びた祠を見つけ、何気なしにその中にあるご神体の石に手を伸ばしたその時。
18時を告げるグリーンリーブスのメロディが流れ、意識を失ってしまい……。
目覚めると4日も経過しているうえに、あかりの兄・彰人(あきと)の訃報を聞かされることに。

 

ここから少し変わったタイムリープが始まります。
1日18時→5日18時~6日18時→4日18時~5日18時→3日18時~……
という感じで、空白の4日間を埋めるかのように、翌日の18時になると一昨日の18時へと戻るという『ロールバック』現象に巻き込まれていくのです。

 

ちょっとややこしいですね……。
主人公自身も困惑しながらも、この現象を利用して幼馴染の兄を救うことを決意します。
そうして周りに不審がられながらも着実に情報を集めていくわけですが、毎回「もう少し待ってくれ!」というタイミングでメロディが鳴るのが本当にもどかしい。

 

時の戻り方、そしてそれによって得られる衝撃。
その時々ではよくわからなかったことが、後に少しずつ明かされていく期待感。
着実に真相に迫りながらも、同時に高まっていく不安感。
いや本当に、八目先生は物語の展開のさせ方が素晴らしい。
グリーンリーブスがアイズだというのもまた哀愁を誘っていいですね。

 

また前作と同様に描写が美しい
袖島の情景描写や、感情の揺れ動き、色々な意味でもどかしい空気感など、読ませる力があります。

 

『きのうの春で、君を待つ』は基本的にカナエの一人称で綴られていきますが、各章の終盤にはあかり視点での語りが続いています。
それによって幼いころの記憶や、カナエが中学を卒業して袖島を発ってからの日々の出来事が少しずつ明かされていきます。
それがまた物語の展開とリンクしていて、より期待感と焦燥感を煽ってくるわけです。

 

 

c.キャラクター

船見カナエ(ふなみかなえ)

主人公の少年。
中学を卒業して以来、袖島から出て東京で父親と二人で暮らしていたが、父親とケンカして一人帰省する。
島にいたころ、幼馴染の少女・保科あかりに好意を抱いていたが、彼女が「カナエくんとはただの幼馴染で、恋愛感情とかないから」と口にしていたのを聞いてしまい、ひそかに失恋した。

 

あかりの兄、保科彰人(あきと)は幼いころの恩人。
ロールバック現象を利用して彼を救うことを決意する。

 

保科あかり(ほしなあかり)

袖島の高校に通う少女で、本作のヒロイン
カナエとは幼馴染の関係だったけれども、中学を卒業して以来は連絡もとっていなかった。
昔は気が弱く、コンプレックスに感じていた地黒の肌人間ついてからわかれていたが、カナエにすすめられた泳ぎの実力を伸ばすとともに、人並みに周囲に溶け込めるようになってきた。

 

彼女の内面や境遇については、本編を通して知っていってほしい。
各時間軸でのあかりの言動や、各章の終盤での一人称による語りには、ぜひとも注目していただきたい。

保科彰人(ほしなあきと)

あかりの兄であり、袖島のスター。
抜群の投球センスで、弱小野球部を甲子園まで導いた。
カナエは彼に助けられたこともあり、島にいたころは彼に憧れていて、また今でも彼の言葉を胸の内に秘めて生きてきた。

 

4月2日の午前0時から2時の間に、急性アルコール中毒により死亡していた。

 

 


きのうの春で、君を待つ (ガガガ文庫)

 


これより先はネタバレアリの感想をのせていますのでご注意ください。
また『きのうの春で、君を待つ』が未読で、関連作品に興味をお持ちいただけた方に関しては、以下のリンクか冒頭の目次を活用して頂ければと思います。

 

また他にも様々なライトノベル・ライト文芸のレビューをしていますので、もしよければご覧ください。

www.kakidashitaratomaranai.info

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3.ネタバレありの感想

綺麗でなくても、彰人を救わないという決断をする方が個人的には望ましかったです。
ハッピーエンドよりもビターエンドの方が好きとかそういう問題ではなくて、また彰人個人にどうこうという感情もそこまでなくて、単純に物語の締めくくりとしてより印象に残るものになっただろうなと。
誰にも言えない「しこり」を抱えたまま二人で生きていく、そんなラストを望んではいました。

ただやはり物語の締めくくり方としては、彰人を救うと決断する方が綺麗にまとまっていることは間違いないでしょう。
作品としても美しいし、宝くじの伏線回収も完璧。
みんなが幸せの方が絶対にいいし、未来への希望を示した今作の終わり方は多くの読者が望むものでしょう。
ぼく自身も期待とは裏腹にホッと胸をなでおろしましたし、この終わり方でも十分に名作だと太鼓判を押すことができますし。

 

どんなエンディングがいいかなんて一概には言えないし、読者の数だけ期待する展開がある。
だからこそ、物語というものは面白いのかなと思います。

 

カナエとあかりの二人が、東京で幸せに暮らしていけることを願いつつ、ネタバレありの感想を終わりにさせていただきます。

 

 

4.『きのうの春で、君を待つ』を読んだ方におすすめ作品

 『夏へのトンネル、さよならの出口』

八目先生のデビュー作。
『きのうの春で、君を待つ』と同様に、「時間」をギミックとして利用しています。
現在を置き去りにする「ウラシマトンネル」へと潜って、過去と向き合っていく物語です。
『きのうの春で、君を待つ』にハマった方は、なによりもまずこの作品を手に取ってください‼

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『サンタクロースを殺した。そして、キスをした。』

ガガガ文庫の新人賞作品です。
八目先生のものとはまた違った綺麗さと切なさを持つストーリーです。

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他にも様々な小説のレビューをしています。
よければご覧ください。

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 最後まで目を通していただき、ありがとうございました。

【敵は名探偵】小林一星『シュレディンガーの猫探し』感想・レビュー

どうも、トフィーです。
今回も前回と同じくガガガ文庫から一冊紹介していきたいと思います。
レビューするのは小林一星先生の『シュレディンガーの猫探し』
ガガガ文庫の新人賞作品です。

 

ジャンルとしてはミステリーですが、普通のそれとは毛色が違います。
探偵を追い詰める物語なのですから。


シュレディンガーの猫探し (ガガガ文庫)

 

 

1.あらすじ

探偵嫌いの僕と迷宮落としの魔女。

妹にまつわる不思議な現象、「やよいトリップ」。未来視とも思えるその力が原因で巻き込まれたとある事件をきっかけに、訪れた洋館。
洋館の表札には『探偵事務所 ラビリンス』。
そして、古めいた書架に囲まれるように彼女はいた――。
魔女のような帽子に黒い服。書架に囲まれた空間そのものが一つの芸術作品のように美しい佇まい。

「解かれない謎は神秘と呼ばれる。謎は謎のまま――シュレディンガーの密室さ」

彼女――焔螺は、世界を神秘で埋め尽くしたいのだと言った。

「私は決して『探偵』なんかじゃない。神秘を解き明かすなんて無粋な真似はしないよ」

探偵じゃないなら、いったい何なんだ。
問えばふたたび、用意していたように即答だった。

「魔女さ」

まったく、時代錯誤も甚だしいと嘆かずにはいられない。
神秘的で、ミステリアスな一人の魔女に、この日――僕は出会った。

 

第14回小学館ライトノベル大賞・審査員特別賞受賞。

ゲスト審査員・若木民喜氏絶賛の新感覚「迷宮落とし」謎解き(?)開幕!

引用:シュレディンガーの猫探し (ガガガ文庫)

 

2.『シュレディンガーの猫探し』感想・レビュー

a.評価と情報

評価:★★★★☆
ガガガ文庫
2020年6月刊行 
第14回小学館ライトノベル大賞「優秀賞」を受賞

 

上にもある通り『シュレディンガーの猫探し』は新人賞出身の作品です。
作者は小林一星(いっせい)先生です。
受賞時点では『令和生まれの魔導書架~全天時間消失トリック~』というタイトルでした。
原型がないけれども、目に留まりやすくなったと思います。(個人的には前のもかっこよくて好きですけど)
そして前記事と同様に、ゲスト審査員の若木民喜先生のコメントを引用します。
『神のみぞ知るセカイ』で有名な漫画家です。

こちらが一番楽しかったです。ボクみたいなずぼらな読者にとってはミステリってのは「謎」というモンスターに、「探偵」というヒーローが立ち向かうバトルものです。そういう観点で見ると、このお話の探偵達の魅力、登場する事件のわくわく感は素晴らしいものがありました。どうやって解決するんだろう!と子供のように楽しみました。解決してから迷宮いりさせるとか面倒くさい手順もむしろ焔螺さんのキャラ性につながっていました。

文句ではなく希望として、他の探偵諸兄にもっと活躍して欲しかった! とにかくみんな面白そうな人達なので。かまぼこ……いや、ゆでたまごちゃん……。

引用:https://gagagabunko.jp/grandprix/entry14_FinalResult.html

 
若木先生の言う通り、めっっっちゃくちゃ楽しかったです。
だからこそ星5でもよかったのですが、ただ一点、少しだけ物足りなく感じられたので星4といたしました。

 

ただそれもそのはず、あとがきによると、この作品は投稿時のものを二分割しているそうです。
早く続きが見たい!
次巻の発売が楽しみです。

b.作品内容

物語は三つの短編から成っています。
現代を舞台にしており、三十六重密室事件、消えた手紙などいくつもの興味深い謎が登場します。
これはそんな数々の謎を解き明かす――のではなく、迷宮入りさせる物語なのです。


普通の推理小説とは真逆。
むしろそれらの主人公である探偵と敵対さえするようなストーリーです。
なんとも面白いテーマです。
推理小説において謎を謎のままにするどころか、隠ぺいしてしまうというテーマは、かつての作品で存在したでしょうか?
ぼくには思いつきません。

 

ではなぜ事件の真相を迷宮入りさせるのか、それにももちろん理由があります。
主人公の少年・令和は妹の平穏を守るため、魔女・焔螺(ほむら)は神秘を守るために、謎を謎のままにするのです。
時にはギャグみたいな力技で、時には口八丁で操って。

 

そして隠ぺい工作をするために、探偵よりも先に「仮説」を導き出すのです。
この仮説を導く部分が、一般的な推理小説における謎解きパートにあたるのでしょう。ちなみに仮説という表現を使っていることにも事情があります。

 

それはやはり神秘性を保つためです。
仮説はあくまでも思考実験に過ぎず、その検証をせずに真相を闇に葬ればひとつの可能性にすぎない。
だから神秘は守られるのだ、という論調です。

 

この点が生粋の本格小説ファンには受け入れられないかもしれません。
そうでなくても消化不良と感じる方もいそうです。

 

けれども、そこさえ気にならなければ、十分に楽しめるかと思います。
この作品の一番の見どころは、魔女によって着々と探偵が追い詰められていくところです。
審査員特別賞というだけあって個性が飛び抜けたこの作品、はまる人はとことんはまることでしょう。

 

c.キャラクター

『シュレディンガーの猫探し』は非常に独特な物語ですが、登場人物もまた個性的です。
全体的に口の回るキャラクターが多く、セリフ回しが面白おかしい
主人公・令和の一人称での語りや、彼ら彼女らの掛け合いが心地よく、いつまでも見ていたくなるほどでした。
だからこそミステリーというジャンルでありながら、気楽に読むことができました。

守明令和(もりあきれいわ)

主人公で、生粋の探偵嫌いの少年。
それはもう筋金入りで、一人称の地の文やあるいは探偵本人に直接、面白おかしく毒を吐く。
探偵たちほどではないにせよ、頭の回転は速い方。
妹の日常を守るために、魔女のもとへと足を運ぶ。
そしてシスコン。

焔螺(ほむら)

ヒロインで、魔女を名乗る表紙の少女。
作中での台詞、「魔女は受け入れることから始める」の通りに、いかに現実味がなく誰も信じないような話でも聞き入れる。
神秘を愛しており、依頼の報酬を求めないかわりに、神秘的な現象にのみ介入する。

恐ろしいほどに頭の回転が早く、気がつけば迷宮構築(事件を迷宮入りさせるための筋道)を行っている。
過去に迷宮入りさせた不可思議な出来事を再現する本、「魔導書」を何冊か所持している。
スイーツが好き。

「『全天の星を見た』。……とても。とても素晴らしい! 夜空から時間の概念を消失せしめたというのかい。なんてダイナミックでファンタジックでロマンチックな盗難事件だろうか! 世にも奇妙なこのミステリー。不可能にも程がある荒唐無稽な不可能犯罪。私がこの手で何としてでも――――迷宮入りにしてみせよう」


『シュレディンガーの猫探し』より引用

芥川くりす(あくたがわくりす)

令和の同級生で、焔螺以上にミステリアスでクールな少女。
文芸部に所属しているが、メンバーは実質彼女一人。
たびたび部室を訪れる令和とは仲がいい。
会話文中で「ケラケラ」と笑い声を表現するタイプといえば、よりイメージしやすいでしょうか。

尋常じゃない程に仕事が早い天才。
彼女の紹介で、令和は焔螺と出会う。
焔螺にはなぜか「母さん」と呼ばれている。

守明弥生(もりあきやよい)

令和の妹、で同じ高校に通う一年生。
『やよいトリップ』なる未来予知じみた力を持っている。
この能力によって、犯人しか知りえない情報を口にしてしまい、疑いの目が向けられる。

 

天然な性格で、無自覚な男泣かせ。
太陽とは同級生。

明智太陽(あけちたいよう)

高校生探偵。
入学して一月あまりで噂になるほどに活躍している。
「太陽の名のもとに!」が決め台詞。
確証がないと口にしないタイプの探偵。
過去に焔螺に辛酸をなめさせられた経験があり、彼女を警戒している。

金田一勘渋郎(きんだいちかんじゅうろう)

自称ハードボイルド探偵。
ハットにシャツにコートに、といかにも探偵らしい格好をしたおじさん。
太陽とは違い事件が解決すればいいというスタンス。
他に頼りになる人間がいれば任せて怠けるが、屈指の名探偵。

ゆでたまご

勘渋郎の助手を務めるセーラー服の少女。
勘渋郎にはわりと毒舌だが、信頼関係はある様子。
常人離れしたとある特技をいかして、事件解決の糸口を探っていく。
それから、気配が薄い。

 

 

さて、ネタバレなしの作品紹介はここまでです。
例のごとく、これより先にはネタバレを含めての感想を記述していきます。
未読の方はお気をつけください。
また、おすすめ作品をさらに先で紹介しています。
したのリンクでスキップできますのでよければどうぞ!

 

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3.ネタバレありの感想

といっても、今回は少なめでいきましょう。
伏線のはり方がうまいですね。
タイムカプセルの入れ物に、令和が姉に贈ったクッキーの缶が使われていたという確信的な予想は想像できはしたけれども回収の仕方が丁寧で興奮しました。

 

一巻としては未回収の要素を残しながらも、一応は大団円。
令和も探偵事務所ラビリンスにアルバイトとして雇われることになったわけで、次の巻はよりいっそう楽しめそうです。
やよいトリップの神秘に迫るとのことですが、はたしてどんなカラクリがあるのやら、あるいは本当の超常現象なのか、期待を胸に待つこととしましょう。

 

 

4.『シュレディンガーの猫探し』を読み終えたあなたにおすすめな作品

『サンタクロースを殺した。そして、キスをした。』

同日に発売された新人賞受賞作。
退廃的で切ない恋愛小説です。

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『夏へのトンネル、さよならの出口』

前年のガガガ文庫の新人賞作品です。
ダブル受賞という快挙を成し遂げています。
巧みな情景描写で、切なくてすがすがしい青春が描かれています。
間違いのない傑作です。

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他にもいろいろな作品のレビューをしています。
よければご覧ください。

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 ここまでご覧くださり、ありがとうございました。

ライトノベル・キャラ文芸レビューまとめ|面白い小説を紹介

2021年2月7日更新

 

どうも、トフィーです。
ライトノベル・ライト文芸のレビュー記事が増えてきたこともあり、今までのものをまとめました。
またこれから新しくレビューするたびに、こちらも更新していく予定です。

 

 

評価の基準について

各レビュー記事では星5(★★★★★)を最高として、すぐに評価がわかるようにしています。
レビューとしてとり上げるのは星3まで。(星2・星1をとりあげたところで誰も得するとは思えないからです)

 

星5

先が気になって異常なまでの没入感で読み進められた作品、衝撃が他作品とくらべてもずば抜けて大きかった作品、何日も余韻が続くような作品などに星5評価をつけています。
どれも胸を張ってすすめられる名作ばかり。
現状星5作品が多いのは、それらの作品群を優先して紹介しているためです。

 

星4

かなり面白くて、他人に布教したくなるような作品につけています。
ライトノベルなら続刊が出たら購入するレベル。

 

星3

個人的に面白いと感じる部分がある作品。
星4や星5ほどに強くおすすめはしないけれども、機会があれば読んで欲しい物語につけています。

 

このように「基準」といっても、厳格な項目を設けているわけではありません。
そのため各書の評価は、ぼく個人の感覚に依存していますので、みなさんの意見と合わないこともあるでしょう。
それを踏まえたうえで、手に取っていただけるのならば、これ以上に嬉しいことはありません。

 

星5評価をつけたライトノベル・キャラ文芸

『恋に至る病』

斜線堂有紀 先生/メディアワークス文庫

歪な愛を描いた傑作。
自殺を誘導するゲーム――『青い蝶』を運営する少女と、彼女を愛してしまった少年の物語。
カリスマ的な悪女が好きな方、サスペンスが好きな方におすすめの一冊。
最後の一文で鳥肌がたち、読者の解釈をわかれさせる。
この作品を純愛と捉えるか、狂気のそれと捉えるかはあなた次第。

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『私が大好きな小説家を殺すまで』

斜線堂有紀 先生/メディアワークス文庫

若き天才小説家と、才能が枯れてしまった彼にかわりゴーストライターとして作品を発表し続けた少女の物語。
大人の男と幼い少女という危険な香りを放つ男女のストーリー。
少女の先生への想いは、はたして敬愛か執着か
それからタイトルの「小説家」とは誰のことを指すのか。
その答えはぜひあなたの目で。

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『夏の終わりに君が死ねば完璧だったから』

斜線堂有紀 先生/メディアワークス文庫

またまた斜線堂先生です。
【金塊病】という病を患う女子大生と、彼女に惹かれてしまった少年の物語です。
片田舎のサナトリウムを舞台に、二人は「家庭と金」「愛の証明」などの問題にかき乱されていきます。

 

構成の美しさという点では、上の二作以上だと思います。
「あー、その台詞をここで再登場させるのか……」とか、「あの時のあの描写が、ここで聞いてくるのか……」ととにかく唸らされました。
読み応えのある物語を読みたい方は、ぜひご覧ください。

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『夏へのトンネル、さよならの出口』

八目迷 先生/ガガガ文庫 

爽やかで悲しい青春がこの一冊に込められている。
泣きたくなるくらいに巧みな情景描写と、訴えかけてくるような心情描写が、この作品の持つノスタルジー感を増幅させている。
夏の田舎でのボーイミーツガール」、「ライトなSF」、「過去との別れ」など、これらの文言に惹かれる方には非常におすすめしたい。
そして夏に読んで欲しい一冊。(あえて冬に読むのも風情があっていいかも)

 

またヒロインの花城あんずが魅力的。
彼女はクールだけれども情熱的で、特別に憧れる普通の少女。
さまざまなギャップに触れていくうちに、きっと彼女が好きになる。

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 『きのうの春で、君を待つ』

八目迷 先生/ガガガ文庫

 「ロールバック」のように、時をさかのぼって空白の数日間を埋めていくという、ちょっと変わったタイムリープものです。
主人公は幼馴染の少女のために「ロールバック」を利用して、数日前に亡くなった彼女の兄を救うことを決意するが……といった物語です。

 

だんだんと明かされていく真実に、戦慄しつつも目が離せません。
恋愛ものとしても抜群の完成度を誇ります。
すれ違いながらも互いを思いやる二人の様子が、甘酸っぱくてもどかしい……‼

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『15歳のテロリスト』

村松涼哉 先生/メディアワークス文庫

テーマは少年犯罪。
それも被害者家族と加害者家族の両者の視点を描いています。
相容れないはずの遺族の少年と加害者家族の少女が、どのように関わっていくのか。
そしてなぜ少年がテロリストになったのか。

「まずは全てを知らなきゃ判断できない」、作中でのこの言葉にすべてが詰まっています。

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『天才王子の赤字国家再生術~そうだ、売国しよう~』

鳥羽徹 先生/GA文庫

ギャグとシリアスのバランスが絶妙で、シリーズものをあまり読まないぼくですら、ちゃっかりと最新巻まで追っているくらいに面白いライトノベル作品。
詰んでいる自国を売国しようと目論む王子が主人公。
彼は不誠実なマダオかと思いきや、大切な人や国民のためにしっかりと動く姿がかっこいい。

 

敵もまた強大であったり、天才であったり、あるいは事情が複雑であったりと一筋縄ではいかなくて、それでも対応してしまう王子の活躍ぶりが痛快
世界観も練られており、手に取ってしまえば多くの方がはまるだろう。

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『86‐エイティシックス‐』

安里アサト 先生/電撃文庫

ライトノベルだけれど、ハードな展開が続く作品。
「差別」がテーマの一つとして据えられており、考えさせられる作品。

その戦場に、死者はいない。
なぜなら彼らは人ではないからだ。
戦場で散っていく有色人種――86(エイティシックス)には人権がなく、彼らは銀髪銀瞳の白系種(アルバ)の道具であり家畜にすぎない。
この物語ではそんな白系種の少女と86の少年が、互いに顔も知らぬままに心を通わせていき、それぞれの戦場において不条理に抗う作品である。
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『声優ラジオのウラオモテ』

二月公 先生/電撃文庫

『86‐エイティシックス‐』と同じく、電撃大賞《大賞》受賞作品。
読みやすい文書、クスリと笑えるギャグ、きちんと魅力が引き立っているキャラクターとお手本のようなライトノベルです。

夕陽とやすみ、二人の女子高生声優が織りなす王道青春ストーリー
舞台は声優ラジオが中心ですが、特に声優ファンじゃなくても楽しめます。
読んでいるうちに展開が予想できるけれども、それでも安定していて面白い。

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『いつか僕らが消えても、この物語が先輩の本棚にあったなら』

永菜葉一 先生/MF文庫J

こちらの作品は、2人の少年によるダブル主人公形式。
彼らは2人ともライトノベル作家志望で、先にプロデビューした方が先輩と付き合うという条件のもと、熾烈なライバル対決を繰り広げるという内容です。


ヒロインたちの魅力はもちろんのこと、2人の少年のやり取りも見ていて面白い!
どちらがメインヒロインの先輩と結ばれるのかといったハラハラ感を演出しつつも、また作家志望ならではの悩みなどをリアルに描いており、強く共感できる作品でした。 

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『氷の令嬢の溶かし方』

高峰翔 先生/モンスター文庫

WEB発のラブストーリー作品。
主人公とヒロインの距離の縮まるまでの過程が、しっかしりとしていて、じれったさともどかしさに震える良質なライトノベルとなっていました。


非常に作者の筆力が高く、キャラクターの心情を繊細に丁寧に描かれていて、満足のいく一冊でした

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『君が、仲間を殺した数―魔塔に挑む者たちの咎―』

有象利路 先生/電撃文庫

仲間を喰らって生き返るという恐ろしい異能の力をもった少年の物語。
数あるラノベの中でも、屈指の重さを有した作品でした。


その暗さといったら、上述の『86―エイティシックス―』を彷彿とさせるほど。
重厚で読み応えのあるストーリーを求める方に対して、ぜひともおすすめしたい一冊です。  

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『幼なじみが絶対に負けないラブコメ』

二丸修一 先生/電撃文庫

まさかまさかの復讐を題材にしたラブコメ
こちらも人気シリーズで、またアニメ化も決まっています。

 

初恋の相手に彼氏がいることが発覚した主人公。
主人公に告白したものの振られてしまった幼なじみのヒロイン。
そして、主人公の初恋の相手であり、他の男性に対してはキツく当たっているのに、なぜか主人公に対しては態度を軟化させているもう一人のヒロイン。

 

この3人が織りなすラブコメディは非常に見ごたえがあり、また展開も意外性抜群です。
「あー、そうきたかぁ」と、思わず口にしてしまうようなオチが用意されています。

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星4評価をつけたライトノベル・キャラ文芸

『スパイ教室01 《花園》のリリィ』

竹町 先生/ファンタジア文庫

 第32回ファンタジア大賞に選ばれた作品です。(ただ受賞時とは、大きく内容が異なっているようですが……)


凄腕スパイの青年・クラウスが、スパイ学校で落ちこぼれていた少女たちを集めて育て上げ、【不可能任務】に挑む、といったストーリーなのですが……。
なんとこのクラウス、恐ろしいほどに教師としての才能がなかったのです‼
まさに絶対絶命‼
少女たちの運命や以下に。

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『君はヒト、僕は死者。世界はときどきひっくり返る』

零真似 先生/ガガガ文庫

ファンタジー世界を舞台にした、恋愛ストーリー。
ファンタジーの中でも独特な世界観のものに触れたい方に、おすすめの一冊です。

 

種族の違うもの同士が互いに歩み寄りながら惹かれ合い、二人で苦難へと立ち向かっていくという、王道中の王道――「異種界恋愛」に類する作品。(『美女と野獣』のようなイメージ)
「愛のパワーをもってして、壁を乗り越えていく二人の姿からは目が離せません。

 

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『サンタクロースを殺した。そして、キスをした。』

犬君雀 先生/ガガガ文庫

「望まない願いのみを叶える」ノートを使ってクリスマスを終わらせる。
そのために協力関係を結び、疑似的な恋人関係となったクリスマスを憎む「僕」と「少女」の物語。
作中の言葉を借りるのであれば、「負けている人の物語」であり「なにかを失っている人の物語」です。
そして同時に二人の男女が、それぞれの恋を終わらせる物語でもあります。
哀愁と喪失、それから少しの希望が、この一冊に詰まっています。

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『シュレディンガーの猫探し』

小林一星 先生/ガガガ文庫

ひと味違うミステリーライトノベル。
魔女vs探偵
謎を解き明かすのではなく、迷宮入りにさせるという非常に斬新なテーマの作品です。
現実が舞台のミステリーではありますが、若干のファンタジー要素を持っています。
またキャラクターのセリフ回しが面白く、いつまでも読んでいたいという心地よさがあります。

 

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『千歳くんはラムネ瓶のなか』

裕夢 先生/ガガガ文庫

『このライトノベルがすごい! 2021』文庫部門第1位にも輝いた人気ラブコメ作品。
順当にいけば、アニメ化もされるかと思います。
略称は『チラムネ』

 

ライトノベルとしては珍しい、主人公が超絶リア充という設定のラブコメディー
斬新さと王道のバランスが調度いい具合のバランスになっていて、非常におもしろい一冊でした。
他とは異なる設定のラブコメを読みたい方には、ぜひおすすめしたい1冊です。

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『友達の妹が俺にだけウザい』 

三河ごーすと 先生/GA文庫
略称は『いもウザ』

表紙のウザかわ後輩ヒロインを含め、何人もの個性的なキャラクターが登場するユニークな作品です。
ギャグシーンも多く、コミカルな作風なので、テンポよく読み進めて笑いたい、という方には特にオススメです。

 

また、わかりやすいラブコメ要素を好む人に対してもオススメ。
『友達の妹が俺にだけウザい』には、タイトルをふくめ、単純に笑えるいい意味でのテンプレ要素(=お約束ネタ)がたくさんつまっています。

 

21年1月31日にアニメ化も発表されました。 

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『現実でラブコメできないとだれが決めた?』

初鹿野創 先生/ガガガ文庫

略称は『ラブだめ』
期待の新星ラブコメ。
ラブコメを愛し、ラブコメの日常を夢見る主人公が、現実でラブコメを実現するために、データをもとに奔走する、といった内容です。

 

本作の特徴は、なんといってもパロディネタのオンパレード。
『弱キャラ友崎くん』『千歳くんはラムネ瓶のなか』を初めとしたガガガラブコメや、他レーベルの作品まで多くのラブコメ作品のネタが登場します。
ラブコメ好きかつ、パロネタ好きの方には刺さる1冊かと思います。

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『魔女と猟犬』

カミツキレイニー 先生/ガガガ文庫

強国にじわじわと追い詰められていっている弱小国家が、戦争に勝つために「魔女」と呼ばれる強大な力をもつ女性を集めていく。
そしてその最中に、彼女たちにまつわる事件に巻き込まれていくーーといった内容のダークファンタジー

 

また本作には、(他のラノベと比べると)明確な主人公が登場しません。
誰もが主人公といえるようなキャラクターで、ほとんど群像劇に近いような形式となっています。

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星3評価をつけたライトノベル・キャラ文芸

『マツリカ・マジョルカ』

 相沢沙呼 先生/角川文庫

 

女王様気質な少女と、M気質な少年によるライトミステリ―。
太腿、ドS、匂いetc.……といった具合に、たくさんのフェチがここにある!
この作品が合うかどうかは、フェティシズムにどれほどの態勢があるかどうかで変わってくるでしょう。
数々の功績を残した同作者の『medium』は、このシリーズから生まれたと言われています。

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『恋する寄生虫』

三秋縋 先生/メディアワークス文庫

潔癖症の青年と、視線恐怖症の少女の物語。
そんな二人が惹かれ合うのは必然的――――彼らもぼくも途中まではそう思っていました。
前半では合うプラトニックな恋愛が、後半では切なく苦しい真実が描かれます。
やるせない空気感が好きな方におすすめの一冊です。

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『さよなら世界の終わり』

佐野徹夜 先生/メディアワークス文庫

『君は月夜に光り輝く』で有名な佐野先生の処女作。

憂鬱ただただ憂鬱
この作品では、思春期の少年少女の行き場のない憂鬱が描かれています。
ずっと続く不条理さに、断念してしまう人も多いでしょう。
人によっては嫌悪さえ抱いてしまうかもしれません。
ただ、心が疲れている時に読めば救われる、誰かの支えになることのできる物語でもあると思っています。

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 『超高度かわいい諜報戦~とっても奥手な黒姫さん~』

方波見咲 先生/MF文庫J

『ギルド〈白き盾〉の夜明譚』の方波見先生のライトノベル。

 

ラブコメ×諜報戦。
登場するのは、一癖も二癖もあるキャラクターばかり。
ラブコメなのに繰り広げられる本格的な諜報戦の数々、けれどもその詳細はやはりこの上ないほどに馬鹿馬鹿しくて面白い、そんな物語になっています。 

 

『かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~』をよりブラックにしたようなイメージです。 

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以上、レビュー記事まとめでした。
気になった作品や記事があれば、ぜひ目を通してみてください。
ここまでご覧くださり、ありがとうございました。

 

犬君雀『サンタクロースを殺した。そして、キスをした。』感想と評価

哀しくて、むなしい、退廃的な物語。

どうも、トフィーです。
今回はガガガ文庫の新作ラノベ『サンタクロースを殺した。そして、キスをした。』について、つらつらと語っていこうと思います。

 

絶賛傷心中の大学生男子と女子高生が、クリスマスを消すために疑似的な恋人関係を結ぶといったストーリー。
クリスマスを消すといっても、「はい今年のクリスマスは中止ですー、カップルざまあ」などという、ぼくみたいなモテない人間の僻みとは違います。
その内容はもっと切実で、人の古傷を抉り、感傷に浸ってしまうような空気感があります。

若干ファンタジーチックではありますが、あまりライトノベルらしくない作品でした。
一度手に取っていただきたい名作です。

 

 

 


サンタクロースを殺した。そして、キスをした。 (ガガガ文庫)

 

 

1.あらすじ

聖夜を間近に控えた12月初旬。先輩にフラれた僕は駅前のイルミネーションを眺め、どうしようもない苛立ちと悲しさに震えていた。クリスマスなんて、なくなってしまえばいいのに…。そんな僕の前に突如現れた、高校生らしい一人の少女。「出来ますよ、クリスマスをなくすこと」彼女の持つノートは『望まない願いのみを叶える』ことが出来るらしい。ノートの力で消すために、クリスマスを好きになる必要がある。だから―「私と、疑似的な恋人になってください」これは僕と少女の奇妙な関係から始まる、恋を終わらせるための物語。第14回小学館ライトノベル大賞優秀賞受賞。

引用:サンタクロースを殺した。そして、キスをした。 (ガガガ文庫)

 

2.『サンタクロースを殺した。そして、キスをした。』感想・レビュー

 

a.評価と情報

評価:★★★★☆
ガガガ文庫
2020年6月刊行 
第14回小学館ライトノベル大賞「優秀賞」を受賞

 

上にもある通り、『サンタクロースを殺した。そして、キスをした。』は新人賞受賞作です。
同じ回の新人賞受賞作品、『シュレディンガーの猫探し』と同日に発売されました。
作者は犬君雀先生、「いぬきみ」ではなく「いぬき」と読むようです。
受賞時点では『サンタクロースを殺した。初恋がおわった。』というタイトルでしたが、現在のものに改変されて若干前向きな印象になりました。
そして以下が、ゲスト審査員の若木民喜先生のコメント。
週刊サンデーで連載されていたラブコメ漫画、『神のみぞ知るセカイ』で有名な方ですね。

心の痛いところ突いてきますねぇ……。ボクも大学生の時のくよくよ感をもう一度呼び覚まされてしまいました。恋愛って怖いですねぇ。とても文章がよかったと思います。こういう文章書けるようになりたい。

ただ全体的に自己言及に傾きすぎて「この犯罪者君と少女の二人が、なぜ一緒にいるのか?」という部分がしっくりこなくて……。序盤で2人をもっと好きになれていたら、最後の展開でそれはそれはものすごいインパクトがあっただろうと思います。

引用:https://gagagabunko.jp/grandprix/entry14_FinalResult.html

 

読み終えた身としてはこのコメントには頷けます。(投稿時と発売後では、いくらか内容の改稿がなされているとは思いますが)
心情描写がうまく、読み手の感情を刺激してくる一人称です。
その反面、主人公と少女が協力関係を結ぶ理由がやや薄くも感じられました。
良くも悪くも心情描写に非常に重きの置かれている作品ですね。
感想については、次の項で詳しく書いていきます。

 

b.作品内容

昨年の受賞作しかり、他の作品しかり、ガガガ文庫は他のレーベルと比べると異質な作品が多いですね。
最近のライトノベルとはまた距離を置いているとさえ思えるような内容のものがちょくちょくと見られます。

 

今回読み終えた『サンタクロースを殺した。そして、キスをした。』についても、ライトノベルっぽくないような印象を受けました。
メディアワークス文庫などで出ているキャラ文芸に近い雰囲気です。

 

この作品、かなりの良作です。
上手く生きることのできない「僕」と「少女」の様子が描かれていく、かなりビターな物語なんですよね。
個人的には好みのストーリー。
けれども嫌う人も一定数いそうな好みのわかれる作風です。

 

というのも、登場人物が法律スレスレ、場合によっては余裕でアウトな行動ばかりとるんですよね。
主人公の「僕」は元カノの「先輩」に未練たらたらで新しい彼氏の行動パターンを周到に調べ上げて、◯人計画を手帳にまとめていたり、高校時代に授業を抜け出してタバコをふかしていたり、他人を冷めた目で見つめていたり。

 

少女も主人公を脅迫したり、彼のタバコやビールを一口かっさらったり。
リアルと物語は別物だと思っていますし、退廃的な雰囲気づくりにかっているのでぼくは気にしませんが、いい顔をしない層はどうしても出てくることが予想されます。
そういった点が気にならず、センチメンタルに浸りたい方、「暗く、哀しく、むなしい物語」がお好みの方には刺さることでしょう。

 

この作品のストーリーはあらすじの通り。
『望まない願いのみを叶える』ノートの力を駆使して、クリスマスを消してしまおうというものです。
そのためには二人の中にクリスマスの訪れを望む気持ちがないといけません。
二人は疑似的な恋人関係を結び、目的の達成のために動きます。

 
「僕」と「少女」、二人の男女が出会い少しずつ関係性が変わっていく、そのストーリーは王道で魅力的です。
険悪とまではいかないまでも、けっして良好な関係だとはいえなかった二人が、互いに弱みをさらけ出していく。
適当な駅で降りて散歩をして、適当な写真を撮って、適当に過ごしていく。
はたから見ると無意味で無価値とすら思えるようなことばかりだけれども、それらは着実に二人の心境を変えていってクリスマスを望むようになっていくといったストーリーです。

 

作中の言葉を借りればこの小説は、「負けている人の物語」「なにかを失っている人の物語」です。
人間が下手で人生がうまくいかない二人の男女が、ささやかな幸せを掴みとろうととにかく奔走します。
負け組のぼくからすれば、そりゃハマらんわけがない。

 

またこの小説、「恋を終わらせて過去と向き合う物語」という一面もあります。
クリスマスを消すためには、互いがクリスマスを待ちわびるような心境にならなければいけません。
そのために、「僕」も「少女」もそれぞれの過去と向き合うシーンが登場します。
しっかりと内面描写が掘り下げられているために、読み手としても彼ら彼女らの勇気や恐怖、喪失感などの感情が迫ってくるように感じられます。
だからこそ、人によっては古傷を抉られるかもしれません。

 

c.キャラクター

キャラクターを第一とするライトノベルにしては珍しく、この小説の登場人物には「名前」がありません。
けれども、「人物が入り乱れていてわかりにくい」といった感じはありません。
というのもメインの登場人物が4人に抑えられているうえに、この作品での会話シーンは一対一が基本なんです。
きちんと配慮がなされているので、読んでいて混乱することはなかったです。

 

では、そうまでして「名前」というキャラクター造形において絶対のものをあえて用いないこと、固有名詞を避けることにはどのような意図があるのでしょうか。

 

安直ではありますが、ぼくとしては「この世界には彼らのような人間はありふれていて、いくらでもいる存在だ」ということを示しているのかなと思います。
「僕」も「少女」も主人公やヒロインといった特別な存在ではなく、世界の一部なのであるというような……。
あとがきで、過去の体験をベースに書くと述べていますし、エピソードごとにわければ彼ら彼女らのような体験をしている人間はごまんといるのでしょう。

 

とまあ色々書き連ねましたが、答えは一読者であるぼくにはわかりません。
ただ、犬君先生があえて名前をつけなかった理由はきっとあるはずです。

 

やさぐれた大学2年生。
付き合っていた先輩と別れて傷心中。
講義をさぼる、部屋が散らかっている、飲酒と喫煙のシーンがいくらか登場する、そして先にもあげた失恋など、とにかく退廃的な人間として描写されている。
現実にいくらでもいそうなキャラクターで、先にも触れたように名前がないことがそれを後押ししている。
少女と出会って少しずつ変わっていく。

少女

女子高生。
主人公の手帳を拾って中身に目を通し、彼を脅して協力関係を結ばせる。
また主人公のことを犯罪者さんと呼ぶ。
「書いた内容が望まないこと限定で現実になる」というノートを所持している。
棘のある性格だが、年相応の女の子らしい一面も見せる。
人とすれ違うことが苦手で恐怖を感じる、強迫性障害のようなものを持っている。
家では虐待を受け、学校ではいじめにあっている。
あることがきっかけで、クリスマスを恨み、なくすことを決意する。

先輩

社会人で、主人公の元カノ。
ミステリアスで退廃的な雰囲気を持つ女性。
たびたび回想で登場する。

悪友

大学の友人。
1年目で留年が確定する猛者。
「人生、女に振られてヘコんでいる時間と、出そうで出ないくしゃみをひっこめようとしている時間ほど無駄なものはない」と座右の銘のように繰り返し語る。
ふざけていてくだらないことばかり言っているかと思いきや、あとから振り返るとはっとするような台詞ばかりを口にしている。

 

 

他にも作品内に何人か登場しますが、メインのキャラクターはこの4人。
人間性の濃い彼ら彼女らの掛け合いには独特な味がありますし、あとから読み返すとハッとさせられます。
彼ら彼女らがどのような物語を作っていくのか、それはあなた自身の手によって確かめてください。

 

 

さて、ネタバレなしの作品紹介はここまでです。
例のごとく、これより先には核心的なネタバレを含めての感想を記述していきます。
未読の方はお気をつけください。

 

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3.『サンタクロースを殺した。そして、キスをした。』ネタバレありの感想

なんで先輩の正体に気がつけなかったんだろう。
ミステリアスな雰囲気で、なにか秘密のある人だとは思っていたのに。

「君、妹みたいだからさ」
「僕、男ですけど……。いや、ああ、妹さんがいらっしゃるんですね」
「いや、いないよ」

『サンタクロースを殺した。そして、キスをした。』p167ページより引用

僕が先輩に告白して「きっと私たち、幸せになれないと思うけどそれでもいいんだね」という言葉とともに付き合うことになるのも、先輩の妹さんが深夜徘徊による交通事故で亡くなっていたと知るのも、まだ先のことだ。

『サンタクロースを殺した。そして、キスをした。』p169ページより引用

 

思い返せばこのあたりのシーンはそういうことかと。
あの少女、いかにも深夜に徘徊していそうなのに……。
ミステリアスつながりで、「サンタクロースの正体は先輩なんだろうなぁ……」となんとなく予想はしていましたけど、そっちに意識が行き過ぎてて「先輩=少女の姉」の可能性を思いつきませんでした。

 

サンタクロースは亡くなった「少女」の姉であり「僕」の元カノでもあり、その事実がどうしようもなく悲しいけど美しいというサプライズ。
ただやはりこのまま消えてしまうというのもあんまりで、二人にクリスマスの奇蹟が訪れるのをただただ願うばかりです。

 

この作品のラストについて、ハッピーエンド捉えるかバッドエンドと捉えるかは、私たち読者の感性しだいでしょう。
ぼくはハッピーエンドと捉えましたが、あなたはどう受け止めましたか?

 

 

レビューは以上です。
長々と書きましたが、ここまで目を通していただきありがとうございます。

 

4.『サンタクロースを殺した。そして、キスをした。』が気に入った方におすすめの作品

以下に、他作品のレビューのリンクを貼っておきます。
『サンタクロースを殺した。そして、キスをした。』がはまりそうな方・あるいははまった方には、きっとこの2つの作品も合うと思いますので、もしよければご覧ください。

 

1作目は『夏へのトンネル、さよならの出口』です。
第13回の受賞作。
この作品と同じく「喪失」が一つのテーマとなっていて似ている部分もあります。
そしてなにより、犬君先生が小学館ライトノベル大賞に今作を応募したきっかけにもなった作品です。
ぼく個人としても、数あるラノベの中でトップクラスに気に入っています。

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続いておすすめなのが『15歳のテロリスト』です。
この作品と同様に、アウトローさが際立つ作品。
社会を相手に奔走する少年の物語です。
また違ったやるせなさと無常感が伝わってきます。

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同日に発売された『シュレディンガーの猫探し』についてもレビューしました。
まったく毛色の違う作品ですが、非常に面白かったです。
ミステリーでありながら、謎を解き明かすのではなく、迷宮入りにさせるというひと味違う物語です。

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 他にも様々な作品のレビューを行っています。

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