中世のアーサー王文学と現代の小説を交互に読む時、頭の切り替えにちょっと苦労しているAuraです。なんと言っても物語の作り方・書き方が全然違いますからね…笑
さて、前回の「中世文学のまとめ①」の記事では、一般にアーサー王伝説の「原典」とされる中世ヨーロッパのアーサー王文学、とりわけ言うなればメインストーリーとなる作品をリストアップしました。
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しかし、これ以外にも語るべきことはまだまだあるんです!笑
今回は「中世文学のまとめ②」ということで、物語のサイドストーリーと言える作品をご紹介していきます。
(もしこの記事を先にご覧になっている方がおられましたら、まとめ①の記事も併せてご参照ください)
「原典」と呼ばれている作品のまとめ図
では、まとめ①の記事と同じく、作品について個別に触れるよりも先に、作品のまとめ図を見てみましょう。
以下の画像をご覧ください。
…相変わらず情報量が多いですね 笑
ただ前回ほどの数ではありませんし、相関関係も薄いのでまだ全貌が見えやすいと思います。
(説明する都合上、まとめ①の記事でも書いた作品が一部入っています)
こちらのまとめ図には、次の2つの条件をおおむね満たす作品を載せました。
①サイドストーリーの中でも有名なもの
②日本語訳が出版されているもの
特におさえておきたいのは①の条件ですね。
サイドストーリーとなれば考慮すべき作品が途端に増えるのですが、あんまりマイナーなのを選ぶのも良くないだろうと考え、今回は有名な作品に絞っています。
つまり「サイドストーリーの中でもこれは知っておきたい!」というような感じです。
では、ここから成立年代順に個々の作品について見ていく……つもりだったんですが、順番を入れ替えてでも真っ先にご紹介したい作品群があるので、そちらから行かせてください 笑
ガウェイン|イギリスの理想的騎士
円卓の騎士ガウェインは、アーサー王伝説において一際大きな存在感を示す人物です。
伝説の初期から登場し、アーサー王の忠臣として描かれています。人格は清く、礼節を重んじ、武勇にも秀でる……まさしく騎士たる者の理想そのものでした。
要は、綺麗なカッコよさのガウェインです 笑
しかし、時代が下ってランスロットやガラハッドらが登場するようになると、徐々にガウェインの人物像が変質していきます。
激情的だったり、味方の騎士であろうと粛清することを厭わないタカ派だったりと、言ってしまえばダーティーなカッコよさのガウェイン。
これはこれで好きなんですが!笑
アーサー王物語の登場人物は、作品ごとに「え、あれとは全然キャラ違うな」となることが多々あるんですが、ガウェインの振り幅が一番すごいですね。
現代で最も有名なアーサー王物語である、トマス・マロリーの『アーサー王の死』のガウェインはダーティーな方なので、どうしてもそのイメージが付いて回ります。ただ、綺麗な方のガウェインの活躍を知らないのはあまりにももったいない…!!笑
ここでは、ガウェインの魅力をふんだんにお届けする作品をご紹介します。
『アーサーの甥ガウェインの成長記』
作者:不詳
国:イギリス
成立年代:1280年ごろ
『アーサーの甥ガウェインの成長記』では、ガウェインの誕生・成長から、アーサー王の宮廷に加わるまでが描かれています。
《あらすじ》
アーサーの父、ウーテル王がブリテンを治めていた頃。
ウーテル王の宮廷にロットという男がいた。彼は、ウーテル王の娘アンナと恋に陥る。
ほどなくアンナはロットの子=ガウェインを身籠るが、婚外子を産めばウーテル王の怒りを買ってしまう。
彼女は生まれてくる赤子を商人に託す。しかしその後、赤子は漁師ウィアムンドゥスの手に渡ることとなった。
ウィアムンドゥスと共にローマ帝国へ行ったガウェインは、そこで騎士としての養育を受け……。
ガウェインはローマ育ちということが詳しく語られる本作。
見どころは、ローマ帝国の騎士として戦いで獅子奮迅の活躍を見せることです。
とにかく強いんですよ、ガウェイン…。例えば、敵兵の投げ槍を腕で払うとかいう人間離れした技をやってのけます 笑
あとは、終盤でアーサー王の元へと参じた時、そこで繰り広げられるひと悶着がユーモラスで読んでいてフフッてなりました。
綺麗な方のガウェインではあれど、まだ血気盛んな若者なので戦い方は荒々しいですし、アーサー王と減らず口の応酬もしてます 笑
『アーサーの甥ガウェインの成長記』は日本語訳の文章がちょっと独特ですが、物語自体は70ページほどなので読破するのにそう時間はかからないと思います。
そしてアーサー王物語には珍しく手に入れやすいです(2020年9月現在)笑
『サー・ガウェインと緑の騎士』
作者:不詳
国:イギリス
成立年代:1340年ごろ
作者については、作品名から取って便宜的に「ガウェイン詩人」とすることもあります。
この『サー・ガウェインと緑の騎士』こそ、本記事で一番オススメしたい作品です。
(以下、『緑の騎士』と略します)
『緑の騎士』は、マイナーどころか超メジャーかつ人気のある作品であり、イギリスではトマス・マロリーの『アーサー王の死』に並ぶ重要な原典とされています。
日本でも人気があるのは同様で、なんと日本語訳の本が8種類もあるくらいです。
アーサー王物語の他の作品は、多くても2つくらいしかないのに…!笑
今日において、騎士としての知名度はランスロットの方が上だと思うんですが、日本語訳の数多さを見れば人気はガウェインが勝ると言えるかもしれません。
《あらすじ》
アーサー王の宮廷にて、新年の宴が催されていた。
するとそこへ、皮膚や衣服、跨る馬までもが緑色の「緑の騎士」が突然現れ、ある提案をもちかけた。
すなわち——緑の騎士の首を戦斧で切り落とさせ、切り落とした者は一年後、同じように緑の騎士の手で首に一撃を返されるというもの。
アーサー王の代わりに、ガウェインがこの提案を引き受けた。ガウェインは戦斧を一振りし、緑の騎士の首を見事に打ち落とす。
緑の騎士の胴から血が吹き出る。だが、彼が倒れることはなく、首を拾い上げてこう言い残した。
「一年後に、緑の礼拝堂で待っている。そこで必ずお前の首を斬り落としてやる」
やがて、ガウェインは約束を果たすため、緑の礼拝堂を探す旅へと出立する——
ほんとはもうちょっとあらすじを語りたかったのですが、ここまでにしておきます 笑
緑の騎士は首を斬られても生きているというヤバい奴です。そんな人物からの無茶苦茶な約束を果たすため旅に赴くガウェイン。騎士の鑑やん……。
この『緑の騎士』には、高潔な騎士道精神(そして溢れる人間味)を持つガウェインの魅力が詰まっています。
先の『ガウェインの成長記』のように戦場で派手に大活躍する物語ではなく、冒険や試練の中で騎士としての在り方を示していく、といった感じですね。
『緑の騎士』が書かれた時代には、既にダーティーなガウェイン像が広まっているんですが、こちらはもう綺麗なガウェインの極致と言えるでしょう 笑
そんな『緑の騎士』を読む場合に、おすすめしたい本です。↓
表紙イラストに緑の騎士が描かれていますが、もはや騎士というか巨人…笑
進撃の巨人ならぬ深緑の巨人ですね。
原作の古英語を、『指輪物語』『ホビット』などで知られるトールキンが現代英語に翻訳し、それをさらに日本語訳したのがこちらの本です。
トールキン版は『緑の騎士』の翻訳の中でも、
〇アクセスのしやすさ
(自分で買えるor図書館に置いてある)
〇文章の読みやすさ・分かりやすさ
の点で一番だと僕は思います。
せっかくなら固めの訳の本も読んでほしいところではあります…!
ただ、初めて触れる場合はやはりトールキン版でいいでしょう。
なお、トールキン版と原作とで、語彙やニュアンスの異なるところが少しあるらしいんですが、大筋に影響はないのと思うので気にしなくてもいいでしょう。
一応、8種類ある翻訳本の情報も以下にまとめておきました。確認したい方は展開してご覧ください。
タップ/クリックして展開
①宮田武志訳『王子ガウェインと緑の騎士』 大手前女子大学アングロノルマン研究所(1979年)
②境田進訳『ガウェイン卿と緑の騎士』 秀文インターナショナル(1984年)
③道行助弘訳『サー・ガーウェインと緑の騎士』 桐原書店(1986年)
④境田進訳『ガウェイン詩人全訳集』 小川図書(1992年)
⑤瀬谷広一訳『ガウェーンと緑の騎士―ガーター勲位譚』 木魂社(2002年)
⑥J.R.R.トールキン著 山本史郎訳『サー・ガウェインと緑の騎士 トールキンのアーサー王物語』 原書房(2003年)
⑦池上忠弘訳『「ガウェイン」詩人―サー・ガウェインと緑の騎士』 専修大学社会知性開発研究センター(2009年)
→ 個人的な好みですが、これも結構いい本だと思います。
⑧菊池清明訳『中世イギリスロマンス ガウェイン卿と緑の騎士』 春風社(2018年)
ちなみに、『パーシィ古英詩拾遺(上巻)』という本に『緑衣の騎士』が収録されているのですが、ここまでお話しした『サー・ガウェインと緑の騎士』とは別の作者による作品で、内容もかなり短めです。
『サー・ガウェインの結婚』
作者:不詳
国:イギリス
成立年代:1450年ごろ
タイトルに「結婚」とあるので甘々な話を想像してしまいますが、実情は……笑
短編『サー・ガウェインの結婚』は、『緑の騎士』と並んで現代で紹介されることの多いガウェインの有名なエピソードです。
《あらすじ》
敵の罠により捕まってしまったアーサー王。
敵の騎士から出された、「世の婦人たちが最も望むものは何か、という質問の答えを用意し戻ってくること」という条件をのみアーサー王は解放される。
アーサー王はその答えを求めあちこち尋ねまわるが、納得のいくものはなかった。
ある時、森の中で女(名をラグネルという)に遭遇する。しかし、その女の顔はひどく醜かった。
女は言う。「自分の夫に相応しい騎士を探してくれたら、答えを教える」と。アーサー王は同意し、彼女の言葉を待つ——
アーサー王伝説において、アーサー王に限らず騎士たちはわりと捕まります。まぁ何事も難なく跳ね除けてたらなんの物語も始まりませんし…笑
あらすじを読んでいくと、『ガウェインの結婚』はなんだか童話のようなストーリーに思えてきますね。
そしてガウェインは、アーサー王の代わりに自分がこの醜い女と結婚すると進言するのです。
『緑の騎士』でもそうでしたが、ガウェインはとにかくアーサー王の前に進み出て試練に臨むことが多いです。さすがは忠臣ガウェイン…!あっぱれ!!
ただ、醜い女(実はある事情が秘められている)と結婚することになったガウェインがポロッとこぼした本音は面白かったですね 笑
では、『サー・ガウェインの結婚』を読むことのできる本をご紹介……したいのですが、この作品に関してはちょっとややこしい事情があります。簡単に書きましょう。
『サー・ガウェインの結婚』という作品は、厳密には2パターンあります。
〇『The Marriage of Sir Gawain』
……サー・ガウェインの結婚
〇『The Wedding of Sir Gawain and Dame Ragnelle』
……サー・ガウェインとラグネル姫の結婚
この2つは同時期に成立した作品で、細かい差異はありますが大まかな流れは同じです。
ただ、2作品とも日本語訳にアクセスするのが困難…!!
自分で買いにくい、図書館にも全然置いてないのダブルパンチです 笑
なのでここでは、原典の訳そのものではなく、現代の本をご紹介します。
候補としては、3つほど挙がります。
〇トマス・ブルフィンチ著『中世騎士物語』
〇井村君江著『アーサー王ロマンス』
〇ローズマリ・サトクリフ著『アーサー王と円卓の騎士』
これらの中で僕が一番おすすめしたいのは……原典の再話になりますが、3つ目のサトクリフの本ですね。
『サー・ガウェインの結婚』に基づいた短編がこちらには収録されています。
念のため、原典の方を訳している本などの情報も付記しておきます。確認したい方は展開してください。
タップ/クリックして展開
〇サー・ガウェインの結婚
・山中光義ら編著『全訳 チャイルド・バラッド 第3巻』 音羽書房鶴見書店(2006年)
→kindle版があります。
・境田進訳『パーシィ 古英詩拾遺(上巻)』 開文社(2007年)
〇サー・ガウェインとラグネル姫の結婚
・柴田良孝訳「サー・ガウェインとラグネル姫の結婚(試訳)」 『東北学院大学論集 (72) 英語英文学』(1981年)
→自分語りになりますが、僕はこちらの論文のコピーを国立国会図書館から取り寄せました 笑
・中西幸二編著『イギリスの文学と社会背景』北樹出版(1996年)
類似した物語の作品群について
アーサー王物語では、誰かが書いた作品を元ネタとして、別の作者が類似するストーリーの作品を著すことが多々あります。ただ、いわゆるパクりとかではないですよ 笑
この項では、その中でも特に知られている作品群をご紹介します。
英・仏・独の類似する作品
イメージをつかみやすくするため、以下の画像(最初に貼ったまとめ図の抜粋)をご覧ください。
簡単に言いますと、上の図で、同じ数字がついている作品は、類似するストーリーの作品だということです。
図では国ごとに枠で囲っていますが、作品ごとにまとめるとこうなります。
①
『エレックとエニード』(仏)
『ゲライントの物語』(英)
『エーレク』(独)
②
『イヴァンまたは獅子の騎士』(仏)
『オウァインの物語』(英)
『イーヴェイン』(独)
③
『ペルスヴァルまたは聖杯の物語』(仏)
『ペレドゥルの物語』(英)
『パルチヴァール』(独)
類似するストーリーとは言っても、展開や描写が一部違っていたり、ストーリーの長さにかなりの差があったりと、中々扱いが難しいんです。
英・仏・独における3作品の、ストーリーの長さと文学的洗練度はおおむね以下の通りになります。文学的洗練度、とは「文の書き方や展開の巧みさ」みたいな感じのフワッとした評価です 笑
〇ストーリーの長さ
イギリス < フランス ≦ ドイツ
〇文学的洗練度
イギリス < フランス ≒ ドイツ
上記を見ると、「フランスかドイツのを読めばいいな」と思うかもしれませんが、文学的洗練度 ≠ 「作品の価値」「作品の面白さ」なので、これまたややこしい……。
なので、きっと「じゃあどれを読むのがいいんだろう」と疑問に思われるでしょう。
結論から申し上げますと、僕には判断しがたいです 笑笑
全部読むというのが理想ではありますが、大変ですからね…。一応、僕の私的おすすめを無理やり選んで後の項に載せています。
作品の関係性の違い
なお、図においてフランスとドイツの作品は矢印、フランスとイギリスの作品は破線で結ばれていましたが、そこには関係性に違いがあります。
〇フランスとドイツの作品の関係性
フランスのクレティアン・ド・トロワという人物が書いた作品、
①『エレックとエニード』
②『イヴァンまたは獅子の騎士』
③『ペルスヴァルまたは聖杯の物語』
を、直接の元ネタにしていると思しいのがドイツの3作品です。
①『エーレク』
②『イーヴェイン』
③『パルチヴァール』
そのため図では矢印で表してあります。
〇フランスとイギリスの作品の関係性
イギリスの作品である、
①『ゲライントの物語』
②『オウァインの物語』
③『ペレドゥルの物語』
は、成立年代こそ後ですが、クレティアンのものを直接の元ネタとしてはいないと考えられています。
クレティアンの作品とイギリスの作品両方の、原型と呼べるような(現存しない)物語があって、それを基に別個に両作品が誕生したという説が唱えられているのです。
※諸説あります。
これを踏まえ図では両者を破線で結びました。
そしてイギリスの3作品は、現代では「マビノギオン」という名称でひとつのグループとして括られています。
「マビノギオン」という括り方には他に、まとめ図にも載せた『キルッフとオルウェン』などの作品が含まれています。
『キルッフとオルウェン』や「マビノギオン」についての詳細はこちらの記事もご覧ください。
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では、前置きが長くなりましたが、①~③の作品群より代表として、フランスのクレティアン・ド・トロワによる作品のあらすじなどを記していきます。
①『エレックとエニード』
作者:クレティアン・ド・トロワ
国:フランス
成立年代:1170年ごろ
《あらすじ》
円卓の騎士エレックは、エニードという女性と結婚する。
盛大な結婚式と共に武芸大会も催され、エレックはそこで己が武勇を大いに轟かせた。
だが、幸せな結婚生活を過ごす内、エレックは鍛錬を怠るようになってしまう。エレックは臆病者、という噂が立つのにさほど時間はかからなかった。
エニードは噂をエレックには伏せていたが、夫の名声を貶めたきっかけこそは自分にあると考え、罪の意識を抱く。やがて、エニードは彼に胸の内を明かした。
事の次第を聞いたエレックは、自らの武勇を再び知らしめるため、旅へと出立する。エニードにも同行を命じた。
最後にエレックは、エニードへと告げる。「何を見ようと何を聞こうと、口をきくことはまかりならない——」
円卓の騎士エレックとその妻エニードの物語です。
エレックは円卓の中ではちょっとマイナーな方かもしれません。しかし彼は、作中でガウェインに次ぐ強者であるという評価をアーサー王から受けるほどの優れた騎士なんです。
(ちなみに、ガウェインはいろんな作品で円卓の強さの基準にされることが多いです 笑)
結婚生活に浮かれちゃって評判が悪くなり、名誉挽回するために頑張る、というストーリーはなんだか現代でもありそうな話ですね 笑
エレックはエニードから「臆病者だという噂」を聞かされますが、その時彼は騎士としての誇りを大層傷つけられたことでしょう。
ある意味、エレックにとっては「言わなくても良かった余計なこと」をエニードは打ち明けてしまいました。そのため、エレックはエニードに「何も話してはならない」という誓いを課したわけです。
といっても、エニードが真実を打ち明けたのはエレックへの愛ゆえ……
うーむ、このふたりのすれ違い!なんてもどかしいんだッ!!
エレックによる勇気の証明と、エニードのひたむきな愛が本作の見どころですね。
さて、そんな『エレックとエニード』の日本語訳ですが……ありません!!
なんでや、、、クレティアンの傑作のひとつなのに、、、、、
しかし、『エレックとエニード』に類似する作品である、イギリスの『ゲライントの物語』とドイツの『エーレク』は日本語訳があります。
人名が若干変わっています(エレック=ゲライント=エーレク)が、物語の大筋は同じです。
ただ、『エーレク』と『エレックとエニード』とではわりと違うところがあるらしいのですが、いかんせん『エレックとエニード』は日本語訳がないので、詳しくは分かりません…笑
それはさておき、作者不詳の『ゲライントの物語』の日本語訳のおすすめはこちら。
大体500ページある『マビノギオン』の内、70ページくらいが『ゲライントの物語』です。
そして、ドイツのハルトマンによる『エーレク』の日本語訳がこちらです。
約450ページある『ハルトマン作品集』の内、150ページほどが『エーレク』です。
ページ数は先ほどの『ゲライントの物語』の倍ありますね。
翻訳文の単純な読みやすさなら『マビノギオン』ですが、僕としてはやはりストーリーが長い方の『ハルトマン作品集』をおすすめしたいです!
まぁ、『ハルトマン作品集』はプレミアかつ図書館にも置いてない場合があるので、そうなったら『マビノギオン』の方でも良いと思います 笑
何より、『マビノギオン』はアーサー王物語の原典には珍しく、今でも普通に買えますしね…笑
(なお、『サー・ガウェインの結婚』の項でご紹介した、サトクリフによる『アーサー王と円卓の騎士』という本にも『ゲライントの物語』を元ネタとした短編が収められています。)
②『イヴァンまたは獅子の騎士』
作者:クレティアン・ド・トロワ
国:フランス
成立年代:1178年ごろ
《あらすじ》
円卓の騎士イヴァンは、魔法の泉へと辿り着く。そこに鎮座する「泉の石」に水をうちかけると、辺り一帯には凄まじい嵐が巻き起こった。
そこへ、嵐を引き起こしたイヴァンを誅せんと、泉の守護騎士が現れた。
激闘の末、泉の守護騎士は深手を負い、自らの城へ逃亡する。イヴァンはそれを追って城内へ入ったものの、罠により閉じ込められてしまう。
しかし、侍女リュネットがイヴァンを助け出し、城内の一室に匿った。イヴァンはその部屋で息を潜めつつ、周囲の様子を見やる。
すると、泉の守護騎士の遺骸の傍らにて、悲嘆に沈む貴婦人ローディーヌの姿が目に入った。
彼女は、この上もなく美しかった。自分が仇敵であると自覚しながらも、イヴァンはローディーヌに心奪われてしまう——
円卓の騎士イヴァンの名を、英語で読むと「ユーウェイン」または「イウェイン」となります。
イヴァンは、先ほどのエレックより知名度の高い騎士と言えるでしょう。
(現代で最も有名なアーサー王物語である、トマス・マロリーの『アーサー王の死』にも度々出てきます)
この『イヴァンまたは獅子の騎士』という作品は、クレティアンの書いたアーサー王物語の中で、一番ファンタジー要素が強いです。
「泉の石」に水をそそぐと嵐が起こるという……まさしくファンタジーものですね。なお、その理由について特に説明はありません 笑
「そういう舞台装置なんだ」という理解をしておくといいと思います。他にも、身に着けると姿が他人から見えなくなる魔法の指輪などが出てきます。
そして物語中盤で、タイトルにもある「獅子(ライオン)」が登場し、イヴァンの冒険を支えていくのです。
イヴァン本人もめちゃくちゃ強いのに、このライオンが加わるともう鬼に金棒です 笑
言い換えると、騎士に獅子。音感いいですねこれ
作品についてまとめますと、
〇イヴァンのローディーヌに対する愛の行方
〇イヴァンを助け出した侍女リュネットとの絆
〇獅子と共に歩む冒険の数々
などが面白いポイントです。
あ、イヴァンの従兄弟であるゴーヴァン(ガウェイン)との篤い信頼関係も見逃せません!
その『イヴァンまたは獅子の騎士』の日本語訳がこちらになります。
ただし、この本はアーサー王物語の本の中でも屈指のプレミアがついているんです…笑
なので図書館で借りて読みましょう。
ちなみに、『イヴァンまたは獅子の騎士』と類似する物語である『オウァインの物語』は先ほどもご紹介した『マビノギオン』に、『イーヴェイン』は『ハルトマン作品集』に収録されています。
3作品の分量は以下の通りです。
『イヴァンまたは獅子の騎士』約150ページ
『オウァインの物語』約40ページ
『イーヴェイン』約150ページ
この中では『イヴァンまたは獅子の騎士』が、個人的には一番おすすめです。翻訳文が読みやすく、作品の面白さも相まって僕は一気読みしちゃいました、、、
③『ペルスヴァルまたは聖杯の物語』
『ペルスヴァルまたは聖杯の物語』につきましては、まとめ①の記事をご覧ください。
もう既に結構な字数になってしまっているので、本記事では省略します 笑
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ここでは、『ペルスヴァルまたは聖杯の物語』≒『パルチヴァール』の、後日談である『ローエングリン』についてご紹介します。
『ローエングリン』
作者:リヒャルト・ワーグナー
国:ドイツ
成立年代:1850年ごろ
この作品をおすすめに入れたのは、半分僕の趣味です 笑
本記事で扱っている他の作品は1200年ごろのもの(中世)が多いですが、これは1850年なので思いっきり近代になります。
著名な作曲家であるワーグナーの名を聞いたことのある方は少なくないでしょう。彼のオペラの中でも、『ローエングリン』は特に傑作だという呼び声高い作品です。
意外と知られていない(?)のですが、『ローエングリン』はアーサー王伝説に連なる物語なので、今回ご紹介することにしました。
《あらすじ》
ドイツ国に属するブラバント公国では、ある騒動が起きていた。先代の公爵が亡くなったあと、跡目を継ぐはずのゴットフリートが失踪したのだ。
ゴットフリートの姉エルザは、弟殺しの罪を疑われてしまう。エルザを告発したのは、公国の支配権を奪う野心を持つテルラムント伯爵。
ドイツ国王は、エルザとテルラムント伯爵のいずれが正しいのか、神明裁判を以て判断することを決定した。すなわち、決闘で勝利した側の主張を立てるという。
だが、エルザを護るためにテルラムント伯爵と刃を交える騎士は現れない。エルザは懸命に神へ祈りを捧げる。
その時、少女の祈りを聞き届けた、ひとりの騎士が姿を見せる。
彼こそは、聖杯に遣わされた白鳥の騎士——ローエングリン。
この物語の主人公は、エルザとローエングリンのふたりです。
ここで、アーサー王伝説とのつながりをご説明しましょう。
先に挙げた作品『パルチヴァール』にて、聖杯を手にした円卓の騎士、パルツィヴァール(パーシヴァル)は、この聖なる杯を守護するための聖杯騎士団を結成しました。
ローエングリンはパーシヴァルの息子であり、騎士団の一員というわけです。そして、テルラムント伯爵の奸計に陥ってしまったエルザを救うため駆けつける……と。カッコよすぎて惚れちゃいますね!笑
『ローエングリン』の基本的な筋書き自体は、『パルチヴァール』の末尾に少しだけ書かれていて、ワーグナーがそれを基にオペラとして発展させたのです。
本作の主題は、エルザとローエングリンの睦び合う愛です。しかし、聖杯に仕える騎士としてローエングリンには制約があり……。
というような感じで、若干不穏な感じを匂わせておきましょう 笑
さて、『ローエングリン』はオペラで味わうのが一番良いのでしょうが、それはそれで少しハードルが高いので、本をご紹介します。
おすすめがこちら。
こちらは(中古しかないものの)値段も安くまだ買いやすいという、アーサー王伝説の本の中ではめちゃくちゃ稀有な存在です 笑
この『ローエングリーン』は、基本的にオペラの歌詞をセリフとして配し、ワーグナーのつけた演出上の指示や説明を地の文として書いています。
分かりやすく言うと、セリフ多めの本、といった感じでしょうか。なので元のオペラから大幅に変わっているということはありません。
しかも、元が近代の作品なので当然ですが、訳文も読みやすいです。
『湖の騎士ランツェレト』
作者:ウルリヒ・フォン・ツァツィクホーフェン
国:ドイツ
成立年代:1203年ごろ
「ランツェレト」とは、円卓の騎士ランスロットのことです。
ランスロットを主役とした作品でまず思い浮かぶのが、クレティアンによる『ランスロまたは荷車の騎士』です。
(以下、『荷車の騎士』と略します)
この物語で描かれた、円卓の騎士ランスロットと王妃グィネヴィアの不義の愛は、今日におけるアーサー王伝説の筋書きの根幹を成しています。
※『荷車の騎士』については、まとめ①の記事をご覧ください。
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そして、ドイツで作られたランスロット主役の作品こそが、『湖の騎士ランツェレト』なのです。
この作品の主人公ランツェレトには、『荷車の騎士』で見られるような、一般的なランスロット像とは大きな違いがあります。
それを先んじて2点書いておきましょう。
〇恋人は王妃グィネヴィアではなくイーブリス姫
〇アーサー王の宮廷には一時的に滞在するだけ
(つまり円卓の騎士団にずっと属しているわけではない)
「え…?ほんとにランスロットなの…?」と思うくらい設定が異なっていますね 笑
では、ランスロットの物語のいわばアナザーバージョンとして知られている本作をご紹介していきます。
《あらすじ》
ゲネウィース国の王子として、ランツェレトは生を受ける。
しかし父のパント王は暴君で、人心はとうに離れていた。やがて家臣らが謀反を起こし、パント王は憤死する。
母のクラーリーネ王妃も捕らえられてしまうが、ランツェレトは湖の妖精の手で連れ去られ、追手から逃げ延びる。
その後、湖の妖精女王の島で、ランツェレトは自らの出自も、名さえも知らぬまま育てられた。
15歳に達した日、ランツェレトは己の名を知ろうとするが、妖精女王は「仇敵イーウェレトを破るまでは、名を明かすことはできない」と言う。
かくてランツェレトは、イーウェレトを討ち果たすため、そして己自身を知るため、妖精島を旅立つ——
本作では、ランツェレトの誕生前史~生涯を全うするまでが記されています。
他方、『荷車の騎士』はランスロットの人生の一場面を扱う作品ですから、描かれる範囲の異なっていることが分かります。
しかし、この『湖の騎士ランツェレト』……実のところ、かなり評価が割れている作品なんです。
書かれた当時はそれなりに愛好されていたようですが、現代ではつまらない やや厳しい評価を下されています。
ここまで取りあげてきた『エーレク』や『イーヴェイン』、『パルチヴァール』など、同時期にドイツで成立した作品群と比較した時、『湖の騎士ランツェレト』は文学的に劣ると言えばいいのでしょうか…笑
実際、内容に冗漫なところがあり、正直なところ、本記事でご紹介した作品の中でもおすすめ度は低めです。
ツッコミどころが他作品より多いんですよ~~!!笑
あらすじの最後にて、いい感じにランツェレトは妖精島を出立しました。
しかしその後は物語中盤まで、「イーウェレトを倒す」という当初の目的を忘れたまま、行く先々でいろんな女性とベッドインを繰り返します。
「しっかりせぇ!!」と僕はハリセンで叩きたくなりました 笑
ただ、『湖の騎士ランツェレト』の文学性は、上記のように娯楽的で好色めいていることにあると言えるでしょう。
(誤解のないよう記しますと、『パルチヴァール』のように高尚なテーマを扱うものこそが真の騎士道文学である、と言いたいわけではありません)
読もうとする際に問題になるのは、その文学性ではなく洗練度ですね。
つまりは単純に、作者ウルリヒの文の書き方・展開のさせ方が少しばかり拙いように感じられたんです…。
まぁ、「ランツェレト」は「ランスロット」とは違い、幸せのうちに生涯を閉じるので、読んだ後に僕は「推しがハッピーエンド迎えられて良かった…!」という感慨を得ることはできました 笑
でもやっぱり、王妃グィネヴィアに一途なランスロットが僕は好きだな~!!(面倒なオタク
そんな『湖の騎士ランツェレト』の日本語訳がこちらです。
おわりに
アーサー王物語のサイドストーリーの中でも、特に有名なものをご紹介しました。
では、再度原典のまとめ図を貼っておきます!
そして、上掲の中での僕の私的おすすめ本は以下の通りです。
〇『アーサーの甥ガウェインの成長記』論創社
→ガウェインの誕生~アーサー王の宮廷に参じるまでを描く
〇『サー・ガウェインと緑の騎士』原書房
→ガウェインが一番輝いててカッコいい作品
〇『獅子の騎士』平凡社
→イヴァンと獅子が行く冒険の旅路
〇『ハルトマン作品集』の『エーレク』郁文堂
→エレックとエニードが織り成す愛の物語
〇『ローエングリーン』新書館
→パーシヴァルの息子であるローエングリンによるエルザの救済
なお、この記事では触れませんでしたが、トマス・マロリーの『アーサー王の死』にも、ガレス卿やラ・コート・マルタイユ卿などが主役のサイドストーリーが収められています。
そちらもぜひご覧ください。
前回のまとめ①と今回のまとめ②でご紹介した諸作品を全て読めば、(日本語訳のある)アーサー王伝説の「原典」にひと通り接したと言っても過言ではないかもしれません。
もちろん他にも日本語訳されている作品はいくつかありますが、それはアクセスするのが困難な作品 or マイナー寄りな作品のどちらかになるでしょう。
また機会があれば、そちらもご紹介したいと思います。
さて、ここまでアーサー王物語の沼にハマったからには、次はもうまわりに布教するしかありませんね!笑
日本のアーサー王伝説ファンを、一緒に増やしていきましょう!!笑
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参考文献
〇アンヌ・ベルトゥロ著 松村剛監修『アーサー王伝説』創元社(1997年)
〇マーティン・J・ドハティ著 伊藤はるみ訳『図説アーサー王と円卓の騎士』原書房(2017年)
〇ローナン・コグラン著 山本史郎訳『図説アーサー王伝説事典』原書房(1996年)
〇フィリップ・ヴァルテール著 渡邉浩司/渡邉裕美子訳『アーサー王神話大事典』原書房(2018年)