日本文学部出身ながらアーサー王伝説の記事ばかり書いているAuraです。アーサー王関係の本に使った金額は、大学時代の教材費を優に超えてしまいました…笑
さて、アーサー王伝説といいますと、騎士の名前や大体のストーリーについてはご存知の方も少なくないかと思います。
(この記事は、大なり小なり物語を知っている方向けの内容になっています!笑
「全然知らない…」という場合はこちらの記事をご覧ください)
www.kakidashitaratomaranai.info
それらの元ネタとなっていることが多いのは、トマス・マロリーによる『アーサー王の死』だと思います。この作品が今日最も有名なアーサー王物語だと言えるでしょう。
ただ、それ以外にも「原典」と呼ばれる作品が膨大にあるということもまた「なんとなく聞いたことがある!」という方が多いのではないでしょうか。
本記事では、
「アーサー王伝説のいろんな原典について知りたい」
「アーサー王伝説はどういう風に発展していったのか気になる」
「それはどの本に載ってるんだろう」
といった疑問にお答えできればと思います。
なるべく簡単に書いたつもりですが、どうしても語らないといけないことが多いので、若干ややこしく感じられるかもしれません。
【関連】「アーサー王伝説を手軽に読みたい」という方におすすめの本について書いた記事です。
初めてアーサー王物語を読むという方は、絶対に中世文学からではなくこちらでご紹介している本から入ることを推奨します 笑
www.kakidashitaratomaranai.info
まぁまぁ長い記事ですので、休み休みご覧になってください 笑
- 「原典」と呼ばれている作品のまとめ図
- ①『ブリタニア列王史』と『マーリンの生涯』|アーサー王伝説の始まり
- ②『アーサー王の生涯』|伝説の「物語化」
- ③『トリスタン物語』|円卓の騎士ではなかったトリスタン
- ④『荷車の騎士』と『聖杯の物語』|ランスロットと聖杯の初登場
- ⑤『魔術師マーリン』と『聖杯由来の物語』|聖杯のキリスト教化
- ⑥ランスロ=聖杯サイクル|ガラハッドの初登場
- おわりに
- 関連記事
- 参考文献
「原典」と呼ばれている作品のまとめ図
現代においては、「中世ヨーロッパのアーサー王文学」が一般にアーサー王伝説の「原典」とされています。
西暦1100~1500年ごろに、イギリス・フランス・ドイツで書かれた作品がその中心を占めていて、数で言うとフランスが特に多いです。
僕は最初「アーサー王伝説といえばイギリスでしょ!」と思っていたので、その範囲の広さには驚きました 笑
では、個別に作品の内容を見ていくよりも先に、まとめ図で物語の発展のイメージをつかんでみましょう。
以下の画像をご覧ください。
…はい、情報量が多すぎてよく分からないですよね!笑
ただ、これでも頑張って絞った方なんです……笑
つまりは、それだけアーサー王物語には厚みも広がりもあるということに他なりません。
この図では、アーサー王物語の集大成といえるトマス・マロリーの『アーサー王の死』をゴールとして設定しています。
他には、以下の3つの条件におおよそ当てはまる作品を載せました。
①アーサー王物語において、重要な設定や趣向が出てくるもの
②中世文学における傑作という評価がなされているもの
③日本語訳が出版されているもの
③の日本語訳があるかどうかは、図に載せる条件として本来考慮すべきではないですが、「本で読めないものを紹介してもなぁ…」という思いがあって今回基準に組み込んでみました 笑
①と②を満たしていれば日本語訳されることが多いのですけれども、例外も少なくないです。
また、図中の過程には、さらに別の作品を挟んだり細かい派生を入れたりすることもできます。
しかし、「アーサー王物語の発展」に焦点を絞った時、解説書などでは上掲の作品が取りあげられることが多いです。
(もちろん、図に含まれていないものでも傑作はあります!)
では、今度は図に載っている作品の内容をそれぞれ見ていきましょう。数が多いこともあり簡単に書いたつもりです!笑
①『ブリタニア列王史』と『マーリンの生涯』|アーサー王伝説の始まり
作者:ジェフリー・オブ・モンマス
国:イギリス
成立年代:1138~1151年ごろ
作者の名前ですが、「モンマス」であって「マンモス」ではないので要注意(?)です 笑
『ブリタニア列王史』
『ブリタニア列王史』とは、ジェフリー・オブ・モンマスが著した偽史書のこと。
「偽史書」というのは、「伝説や伝承、創作が本当にあった歴史のように書かれている文献」を意味します。
(『日本書紀』も、歴史書ですが神話がその中に含まれていますよね)
『ブリタニア列王史』では、5~7世紀の間ブリテンを治めた王たちの歴史や事績が順々に書かれていて、その中にアーサー王の名が出てくるのです。
先にも触れましたように、この作品は歴史書の体裁を取った偽史書なので、書かれている内容自体は史実と伝承の混ざったものとなっています。
(ジェフリーが偽史書として『ブリタニア列王史』を書いた理由については割愛します 笑)
そのためアーサー王も、実在の人物何人かをモデルとした架空の王だと言えるでしょう。
端的に言ってしまうと、それまでの「伝説の原型」が、『ブリタニア列王史』によって「アーサー王伝説」として形作られた、とイメージできるでしょう。
『ブリタニア列王史』の歴史書としての評価はイマイチですが、ここから中世アーサー王文学が始まることになります。
気になる内容ですけれども、アーサー王VSサクソン人、アーサー王VSローマの戦いなど、外敵との戦いがメインとなっていて、円卓の騎士たちの冒険譚は描かれていません。
そもそも「円卓」という言葉が出てきません 笑
ただ、アーサー王物語の大枠はここでほぼ出来上がっています。以下にまとめました。
《『ブリタニア列王史』で述べられている主な内容》
〇先王ウーサーの謀殺
〇アーサーとグィネヴィアの結婚
〇エクスカリバーを使用
〇ガウェイン、モルドレッド、ケイ、ベディヴィアらが部下の騎士として登場
※ここでのモルドレッドはアーサー王の不義の子ではない
(アーサー王の妹アンナとロット王の息子が、ガウェインとモルドレッド)
※ランスロットやトリスタン、パーシヴァルなどは登場しない
※聖杯探索のくだりはない
〇アーサー王がローマ遠征をしている時にモルドレッドが反逆
※モルドレッドは王位だけでなく王妃グィネヴィアをも奪おうとする
今日知られている物語では、グィネヴィアと密通したランスロットを討伐するため、アーサー王がブリテンを離れている時にモルドレッドが反逆
〇モルドレッドと相討ちになったアーサー王はアヴァロンへ……
↑ を読むと、「あ~大体のストーリーはできてるな」と分かりますよね。
そんな『ブリタニア列王史』の日本語訳が、
瀬谷幸男訳『ブリタニア列王史 アーサー王ロマンス原拠の書』 南雲堂フェニックス(2007年)
になります。現在はプレミアがついて入手困難な一冊です。
こりらは歴史書の体の本であるため、文章は記録のように書かれています。よって、物語的な面白さはあんまりないですね……笑
僕は図書館でちょっと読みましたが、眠くなりました 笑
読む場合は、『ブリタニア列王史』を物語化した『アーサー王の生涯』の方が良いと思います。
『マーリンの生涯』
こちらについてはほんとにザックリ書きます 笑
ジェフリーのもうひとつの著作、『マーリンの生涯』では、今のイメージとは大きく異なるマーリンが登場します。
(原題は『メルリヌス伝』。「メルリヌス」はマーリンのラテン語名)
ここではなんと、マーリンはある戦いの後に、気の狂いを起こし森で野人のように暮らしていました。ただ持ち前の予言能力は健在で、アーサー王はアヴァロンで治癒されると宮廷で告げています。
『マーリンの生涯』はアーサー王物語の発展においてそこまで重要ではない……と僕は勝手に思ってるんですが、アヴァロンについての記述があるため今回取りあげました。
日本語訳を読む場合、全訳した論文がPDFで公開されているのでそちらを当たると良い(本もあります)でしょう。やはり中々クセのある文ではありますが…笑
〇京都大学学術情報リポジトリ
六反田収 Kyoto University Research Information Repository: ジェフリー・オヴ・マンマス 『メルリーヌス伝』(訳)(1)
『英文学評論』第41巻(1979年)
六反田収 Kyoto University Research Information Repository: ジェフリー・オヴ・マンマス : 『メルリーヌス伝』(訳)(2)
『英文学評論』第43巻(1980年)
〇書籍
瀬谷幸男『マーリンの生涯』南雲堂フェニックス (2009年)
②『アーサー王の生涯』|伝説の「物語化」
作者:ヴァース
国:フランス
成立年代:1155年ごろ
先ほどの『ブリタニア列王史』を「物語化」したものが『ブリュ物語』で、その内のアーサー王の部分だけを日本語訳したものが『アーサー王の生涯』として出版されています。
『ブリタニア列王史』はラテン語で書かれていますが、それを(聴衆が受け入れやすい)フランス語に翻訳し、他にも文の書き方を変えることなどによって「物語化」したのです。
この作品のポイントは「円卓」について初めて言及されたことです。
円卓の騎士、という要素は『アーサー王の生涯』から生じたと言えるでしょう。
なお、(当然ではありますが)ストーリーの流れについては『ブリタニア列王史』とそう変わりません。
日本語訳は、白水社の『フランス中世文学名作選』に入っています。
この中に『アーサー王の生涯』が収録されています。ただ、高いので図書館で借りて読むのがいいと思います 笑
そして、肝心の(?)物語としての面白さですが、現代人の感覚からするとやはり読みにくいところはありますね……。
(中世文学に慣れれば多少読めなくもない??という感じです…笑)
③『トリスタン物語』|円卓の騎士ではなかったトリスタン
作者:ベルール、トマ
国:フランス
成立年代:1165~1170年ごろ
さて、この項ではアーサー王物語の大筋からは少し離れまして、「トリスタンとイゾルデ」について書いていきます。
まず、「トリスタンとイゾルデってどんな話だったっけ…」という方のために、導入部分のあらすじを書いておきます。
《あらすじ》
戦禍により両親を喪ったトリスタンは、叔父のマルク王のもとで育ち、ほどなくして立派な騎士となった。
その後、マルク王はイゾルデという姫君と結婚することを決める。
マルク王の命を受けたトリスタンは、イゾルデを迎えるため出立した。
(このイゾルデは金髪のイゾルデとも呼ばれています)
国への帰路の途中、船内でトリスタンとイゾルデは誤って愛の秘薬を飲んでしまい、互いに恋慕する気持ちを持つようになった。
イゾルデはマルク王と結婚。しかしトリスタンは、イゾルデへの思いを胸に秘めたまま——
『トリスタンとイゾルデ』はヨーロッパでも絶大な人気を誇る悲恋物語です。
1165~1170年ごろにベルールやトマなどによって送り出された『トリスタン物語』が(日本では)特に知られています。
また、ワーグナーによりオペラにもなっているので、アーサー王物語の中では、結末まで知れわたっている方なんじゃないかな?と思います。
(オペラは原典から描写の変わっているところも多いです)
特別に、原典における結末までの流れも書いておきましたが、ネタバレになるので折りたたみました 笑
読みたい方のみ、タップ/クリックして展開して下さい。
結末までの流れを表示する
ふたりは密会を重ねるが、露見しトリスタンは追放されてしまう。
その後トリスタンは同じ名を持つ別のイゾルデと結婚する。
(区別するため、こちらのイゾルデは白い手のイゾルデと呼ばれます)
しかしトリスタンはもうひとりのイゾルデを、終ぞ愛することができなかった。
ある時戦いで重傷を負ったトリスタンは、かつてのように、金髪のイゾルデによる治癒を望み、その旨を伝える使者を送り出した。
使者が船で帰ってくる際、彼女を伴っていれば白い帆を、そうでなかったならば黒い帆を揚げるようトリスタンは頼んでいた。
戻ってくる船を陸地から認めた時、そこには白い帆が揚げられていた。しかし衰弱していてそれが見えないトリスタンは、白い手のイゾルデに、「何色の帆だ?」と尋ねる。
イゾルデはこう答えた。「——黒い帆です」と。
彼女は、自分を愛さなかったトリスタンを恨み、嘘をついたのだ。
金髪のイゾルデが現れることはない、と絶望したトリスタンはそのまま命が尽きてしまう。トリスタンの元へと辿り着いたイゾルデは、彼の死を知ると悲しみに打ちひしがれ、亡骸に寄り添ったまま息絶える。
こうしてふたりは、死してようやく結ばれたのだった—— [終]
今日、円卓の騎士として知られているトリスタンですけれども、この時点ではまだ騎士団に加わっていません。
後の作品でアーサー王物語に組み込まれることになる(『散文トリスタン』)のですが、そのパターンは日本語訳が出ていないので説明を割愛します 笑
先に挙げたベルールやトマの作品は日本語訳が出ていて、
『フランス中世文学集1 信仰と愛と』 白水社(1990年)に収められています。
しかし、こちらは韻文(詩のような形式)で訳されているので、初めて読むには少々ハードルが高いです。
そこで、最初に読むのにおすすめの本をご紹介します。
それがこちらです。
この岩波文庫の『トリスタン・イズー物語』は、1800年代のフランス文学研究家・ベディエが、先ほどのベルールらの作品を編集してひとつにまとめあげたものです。
訳は散文(普通の文章)で、しかも文庫なので買う場合はお財布にもやさしい 笑
「原典」そのものではないものの、最初に読むならこれが良いでしょう。
ちなみに、まとめ図には載せませんでしたが、ベルールやトマの作品以外にも、
〇アイルハルトによる『トリストラントとイザルデ』(ドイツ、1170年)
〇ゴットフリートによる『トリスタンとイゾルデ』(ドイツ、1210年)
なども有名です。
どちらも日本語訳があります。まずゴットフリートの方です。
石川敬三訳『トリスタンとイゾルデ』 郁文堂(1976年)で、訳は散文(詩でない普通の文章)なので読みやすいと思います。
こちらはワーグナーのオペラの原作にもなっている作品で、数ある「トリスタンとイゾルデ」の中でも最高傑作とされています。
アイルハルトのも日本語訳が出ている(小竹澄栄訳『トリストラントとイザルデ』 国書刊行会 1988年)のですが、まぁゴットフリートやアイルハルトの前にひとまず文庫の方を当たってみるのがおすすめです。
なお、トリスタンが円卓の騎士に加わっているパターンの物語を読む場合には、やはりトマス・マロリーの『アーサー王の死』が候補になりますね。
イゾルデとの悲恋の他に、円卓の騎士パロミデスとの確執と、それを乗り越えた後の友情などが描かれています。
④『荷車の騎士』と『聖杯の物語』|ランスロットと聖杯の初登場
作者:クレティアン・ド・トロワ
国:フランス
成立年代:1177~1181年ごろ
中世ヨーロッパ最高の物語作家であるとの評価を与えられているのが、クレティアン・ド・トロワという人物です。
彼の手になる傑作の数々は、アーサー王文学が一挙に拡大する出発点になっています。
また、この頃からアーサー王物語の構造が大きく変わっていきます。
それは、物語のテーマとして《宮廷愛》が重視されるようになったということです。
アーサー王文学における《宮廷愛》の描かれ方をひとことでご説明しますと、「騎士が貴婦人を尊崇し、奉仕すること」になるかなと思います。
騎士は愛する貴婦人のため、あれやこれやと頑張り、貴婦人の方もまた騎士を愛し称える…というような感じです。
こういった男女の愛が、クレティアン以降の騎士道物語に増えていきます。
『ブリタニア列王史』において国家間の戦いが物語の中心だったことを踏まえると、作風の変化が分かりますよね。
クレティアンはアーサー王物語をテーマとする作品を5つ書いていますが、その内の2つ、『ランスロまたは荷車の騎士』と『ペルスヴァルまたは聖杯の物語』は後世への影響力が特に強く、アーサー王文学を語る上で外せない作品となっているのです。
と言ってもこの記事では簡潔にしか書きませんが……笑笑
(以下、書名を略して『荷車の騎士』『聖杯の物語』と表記することがあります)
『ランスロまたは荷車の騎士』
『ランスロまたは荷車の騎士』は、円卓の騎士ランスロットの実質的な初登場作品です。
(クレティアンの先行する作品に、ランスロットは名前だけ出てくるのですが、主役をはって活躍するのは『荷車の騎士』なので「実質的な」と書きました)
あ、「ランスロ」はランスロットのフランス語名です。「ット」を入力し忘れている訳ではありませんよ!笑
この『荷車の騎士』によって、アーサー王物語における「ランスロットとグィネヴィア王妃の密通」という趣向が決定的になるのです。
本作では、王妃グィネヴィアとランスロットの逢瀬が描かれています。
しかし、ふたりの関係は『荷車の騎士』の物語が始まる前から既に続いていることになっています。
初登場にして、早くもグィネヴィアと密通しているランスロット……笑
許されぬ恋、というのはいつの時代でも人気になるテーマということが分かりますね。僕も大好きです 笑
では、『荷車の騎士』のあらすじを見ていきましょう。
《あらすじ》
アーサー王の宮廷に、突如として見知らぬ騎士が現れ、グィネヴィア王妃を強引に連行していってしまう。
王妃を解放するために、円卓の騎士ケイがその騎士に同行し宮廷を発った。
アーサー王たち一行はその後を追うが、ケイの馬が残されているばかりで、行き先を示す手がかりは得られない。
そこへ、円卓の騎士ランスロットが現れる。ランスロットは同じく円卓に列する騎士ガウェインとともに、誘拐された王妃の救出へと向かう——
この後、ランスロットは道中で馬の代わりとして荷車に乗ります。
書名の「荷車の騎士」の所以は、ここにあるわけですね。
本作の見どころは、
〇ランスロットとガウェインのコンビ
〇とにかくグィネヴィアが大好きなランスロット
〇ランスロットの胸躍る活躍
になるのですが、詳しくはまた稿を改めようと思います。
また、あらすじでなんとなく伝わるかと思いますが、ランスロットの活躍を単発で描いた作品なので、かの有名なランスロットVSガウェインの戦いはまだ出てきません。
グィネヴィア王妃とランスロットを連想させる絵画だとされています。
『ペルスヴァルまたは聖杯の物語』
『ペルスヴァルまたは聖杯の物語』では、アーサー王物語において重要な意味を持つ「聖杯」が初登場します。
なお、ペルスヴァルとは円卓の騎士パーシヴァルのことです。では、早速あらすじを見てみましょう。
《あらすじ》
緑豊かな森にパーシヴァルは住んでいた。ある日、彼は騎士の一行が通りかかるのを目撃する。
騎士たちの武具甲冑は陽に映えて、実にきらびやかだった。それを見たパーシヴァルは、その美しく気高いさまに感激する。
彼は生まれてこの方、騎士というものを全く知らなかったのだ。
というのも、パーシヴァルの母が、騎士という存在から彼を遠ざけて育てていたからである。
しかしパーシヴァルは、必ず騎士になるという決意を固めていた——
導入部のあらすじだけだと話が見えにくいので、もう少しご説明します 笑
なんやかんやでパーシヴァルは様々な試練を乗り越え、円卓の騎士になりました。
その後パーシヴァルは、聖杯の守護者である漁人(いさなとり)の王の国を訪れます。
漁人の王は重症を負っていて、聖杯の力でどうにか生き長らえていました。完璧な騎士が現れた時、その傷は癒えるといいます。
しかし騎士として未熟だったパーシヴァルは「聖杯の城」を見失ってしまいます。
もう一度探すことにしたのですが……。
残念ながら、物語は途中で終わってしまうのです…。作者のクレティアンは、作品の完成を見ぬまま亡くなりました。
言ってしまえば、めちゃくちゃ気になるところでストーリーが途切れてしまったわけですね 笑
このように『聖杯の物語』は途中で断絶したため、聖杯のバックボーンについて踏み込んだ説明はありません。
ここでは、聖杯とキリスト教との結びつきもまだ薄い段階です。
しかし、本作が未完に終わったことがきっかけとなって、アーサー王物語はさらなる進展を見せることになるのです。
それが、
①『聖杯の物語』を完結させる作品
②聖杯のバックボーンについて語る作品
の2パターンです。
『パルチヴァール』
①の中で著名な作品が、ヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハによる『パルチヴァール』(ドイツ、1200年)です。
まとめ図にも載せたこの作品は、中世ドイツ文学の最高傑作のひとつとされています。
(なんとなく分かるかと思いますが、「パルチヴァール」はパーシヴァルのドイツ語名です。ドイツ語ってかっこいいなぁ)
細部の設定に違いはあれど、大まかなストーリーは『聖杯の物語』をなぞりつつ、さらに膨らませた物語となっています。
最後にはパーシヴァルが聖杯を手にし、聖杯王となって守護する役目に就くのです。
では、これらの物語を読むことができる本をご紹介します。
『ランスロまたは荷車の騎士』と『ペルスヴァルまたは聖杯の物語』を収録しているのがこちら。
この『フランス中世文学集2 愛と剣と』は400ページちょっとありますが、上記の2作品だけで300ページ以上あります 笑
そして、(現代人から見た)物語としての面白さですが……楽しめるだろうと思います。もちろん中世文学ならではのクセ(?)はあるものの、アーサー王物語の中では読みやすい方と言えます。
まぁ、僕が中世文学に慣れてきているのも否定できませんが……笑
ただし、この本もやはりプレミアがついていて入手困難なので、図書館で借りて読むようにしましょう 笑
ちなみに『荷車の騎士』の方は、トマス・マロリーの『アーサー王の死』にも取り込まれていますが、内容がかなり短縮されている上にガウェインとコンビを組んでいません。
マロリー版もいいですがクレティアン版もぜひ……。
なお、ダイジェストが載っている本はいくつかあって、
〇『アーサー王ロマンス』 ちくま文庫
〇『図説アーサー王物語』 原書房
などが挙げられます。
できれば元の長さで楽しんでほしいのが本音ではありますけれども、図書館にも置いていなかった場合はこれらの本で読んでみてください。
冒頭にもリンクを貼った記事で、『アーサー王ロマンス』『図説アーサー王物語』について取りあげています↓
www.kakidashitaratomaranai.info
そして、『ペルスヴァルまたは聖杯の物語』の完全版(?)と言える『パルチヴァール』の日本語訳がこちらです。
( ↑ 画像はAmazonへのリンクです)
…はい、そして例に漏れずこちらの本も入手困難なので図書館で借りましょう……笑
1974年出版なので古く感じられるかもしれませんが、けっこう読みやすいです。
⑤『魔術師マーリン』と『聖杯由来の物語』|聖杯のキリスト教化
作者:ロベール・ド・ボロン
国:フランス
成立年代:1200年ごろ
もう少し記事は続きます!!ここまで読んでくださっている方はいらっしゃいますか、、、、笑
『聖杯由来の物語』
先ほどの『聖杯の物語』の項で、物語が未完だったために、
①『聖杯の物語』を完結させる作品
②聖杯のバックボーンについて語る作品
の2パターン生まれたというお話をしました。
①は『パルチヴァール』で、②がロベール・ド・ボロンによる『聖杯由来の物語』です。
『聖杯由来の物語』は、『ペルスヴァルまたは聖杯の物語』の言わば前日譚となっていて、聖杯についての詳細な描写があります。
あ、『聖杯の物語』と『聖杯由来の物語』という、似たような書名なので両者を混同しないようご注意ください 笑
そしてこの作品によって、聖杯のキリスト教化が強まるのです。
『聖杯の物語』にて聖杯が何であるか詳細は語られませんでしたが、『聖杯由来の物語』では聖杯=「(ヨセフという人物が)キリストの磔刑の際にその血を受けた器」ということになっています。
『聖杯由来の物語』では、ヨセフの行動や聖杯の奇蹟などが中心に書かれていて、アーサー王物語関係者は全然出てきません。
日本語訳はこちら。大分前にご紹介した『アーサー王の生涯』も収録されている本です。
まぁ…あくまで僕一個人の意見ですが、『聖杯由来の物語』はそこまでアーサー王ものっぽくないので、読まなくてもいいかなぁ…と思ってたりもします。
僕自身、図書館で軽く読みましたがあまり楽しめなかったので……笑
『魔術師マーリン』
ロベール・ド・ボロンの著した作品には、他に『魔術師マーリン』があります。こちらはタイトル通りマーリンの物語となっていて、
〇マーリンの誕生
〇ヴェルティジエ(ヴォーティガーン)王とのエピソード
〇先王ユテル(ウーサー)とのエピソード
〇アーサー王の誕生
〇アーサー王の戴冠
までが描かれており、一般的なマーリンのイメージに沿った話だと言えるでしょう。
そして何より、この作品ではあの「石に刺さった剣」が初登場するんです。
そう、若きアーサーが、先王ウーサーの死後、王位継承者であることを示すため引き抜いた剣ですよ…!!
そんな『魔術師マーリン』の日本語訳がこちら。
アーサー王物語の「原典」の日本語訳には珍しく文庫です。なので入手しやすい!kindle版もあります!(2020年8月現在)
しっかりアーサー王ものなので、『聖杯由来の物語』と違っておすすめしたい一冊です。
⑥ランスロ=聖杯サイクル|ガラハッドの初登場
作者:不詳
国:フランス
成立年代:1215~1230年ごろ
今度は何やらよく分からない用語が出てきましたね 笑
「ランスロ=聖杯サイクル」とは、1215~1230年ごろに書かれたアーサー王伝説の物語群のことです。
「流布本サイクル」や単に「流布本」と呼ばれることもあります。「流布」とつく通り、このサイクルの作品によってアーサー王伝説が広くヨーロッパ中に広まることになるのです。
ここに含まれる作品を3つとする括り方と、5つとする括り方があるのですが、面倒くさいのでこの記事では前者を採用しています。
すなわち、
〇『ランスロ本伝』
〇『聖杯の探索』
〇『アーサー王の死』
の3作品です。
(※3つ目の『アーサー王の死』は、トマス・マロリーの書いたものとは別です)
ランスロ=聖杯サイクルの作品は、先ほどまでに出てきた、『トリスタン物語』『荷車の騎士』『聖杯の物語』等々を大体取り込んでいます。
その上で、アーサー王の治世の始まりから終焉までを描いているため、トマス・マロリーによる『アーサー王の死』の元ネタとして非常に重要な位置にあります。
3作品の中では『ランスロ本伝』が最も分量が多く、ランスロットとグィネヴィアの禁じられた愛や、円卓の騎士たちの活躍が描かれている……んですが、なんと日本語訳がありません(泣)
なんでないの…!!めちゃくちゃ重要な作品なのに…!!
僕含め多数のアーサー王伝説ファンが、『ランスロ本伝』の日本語訳を渇望している状態です 笑
『聖杯の探索』
この嘆きはひとまず置いておきまして、残りの『聖杯の探索』と『アーサー王の死』は日本語訳が出ています。
『聖杯の探索』がこちら。
この作品では、ガラハッドが初登場し、聖杯に至る唯一の騎士として描かれます。
『パルチヴァール』ではパーシヴァルが聖杯を手に入れていましたが、ここでポジションチェンジが起きてしまいます。かわいそうなパーシヴァル、、、、笑
本作は、アーサー王のもとへガラハッドが連れられてくるところから始まります。
その後宮廷に、にわかに聖杯が一瞬だけ出現するのです。
聖杯の奇蹟を目の当たりにした騎士たちは、聖杯探索に臨みます。
当然ながらガウェインやランスロットたちもその任に赴きました。しかし、ことごとく失敗。
例えば、ランスロットが失敗した理由として、「罪深さ」を作中で指摘されます。(グィネヴィアとの不義のことですね)
『聖杯の探索』にはキリスト教の影響が色濃く見られるため、それまでの「罪深い」円卓の騎士たちでは聖杯探索をなし得ない…というわけで、「清らな」ガラハッドが登場するのです。
宗教的メッセージも随所に散りばめられており、具体的には、修道院の隠者による騎士たちへの宗教的な叱責や教えの数々が挙げられます。
正直なところ、宗教的訓戒の部分は好みの別れそうな部分ですね…笑
『アーサー王の死』
そして『聖杯の探索』の続きにして、ランスロ=聖杯サイクルの最後を締めくくるのが、(マロリーのではない方の)『アーサー王の死』になります。
この作品の終盤には、円卓の騎士団の崩壊やランスロットVSガウェインなど、よく知られているエピソードがてんこ盛りです。
特にガウェインの最期はもう、読んでるとつらくなります、、、、笑
ランスロットVSガウェインの戦いについては、また別の機会に詳しくお話しします。
日本語訳はこちら。
570ページほどある本書の内、半分くらいの分量が『アーサー王の死』です。
『聖杯の探索』はピンと来ないところもあった僕ですが、こちらは良かったです。
そして、「また?」という感じですが、『聖杯の探索』も『フランス中世文学集4』も大体プレミアがついているので図書館で借りましょう…笑
【追記】
『聖杯の探索』は2019年に復刊していました!!
みんなで買ってアーサー王伝説本の需要を声高に訴えましょう 笑
おわりに
アーサー王物語の集大成であるトマス・マロリーの『アーサー王の死』については、言うに及ばずだと思いますので割愛しました 笑
一応、ひとことでマロリーによる『アーサー王の死』をご説明すると、
「それまでの作品をほぼ一つにまとめあげた作品。
ただし入っていない作品があったり、描写にけっこう違いがあったりもする。なのでこれだけ読めばOK!というわけでもない」
という感じです 笑
では、もう一度「原典」のまとめ図をここに貼っておきます!
記事の内容を踏まえれば、きっとこの図の意味が分かるのではないでしょうか…!笑
そして最後に、この中での僕の私的おすすめ本を列挙しておきます。
〇『トリスタン・イズー物語』岩波文庫
→トリスタンとイゾルデ
〇『フランス中世文学集2』白水社
→『ランスロまたは荷車の騎士』『ペルスヴァルまたは聖杯の物語』
〇『パルチヴァール』郁文堂
→パーシヴァルによる聖杯探索
〇『西洋中世奇譚集成 魔術師マーリン』講談社学術文庫
→アーサー王物語の言わば前日譚
〇『フランス中世文学集4』白水社
→ランスロ=聖杯サイクル(流布本)の『アーサー王の死』
〇『アーサー王物語Ⅰ~Ⅴ』筑摩書房
→一番有名なトマス・マロリー版
長い記事になってしまいましたが、これを契機としてめくるめくアーサー王物語の世界に浸っていただければ幸いです。
そして僕と一緒に、『ランスロ本伝』の日本語訳が出ることを願っていただければと思います!笑
【追記】
本記事の続きで、伝説のサイドストーリーとなる作品についてまとめています。
こちらで取りあげている作品も、アーサー王物語を読む上で必須と言えるものばかりです!
www.kakidashitaratomaranai.info
関連記事
参考文献
〇アンヌ・ベルトゥロ著 松村剛監修『アーサー王伝説』創元社(1997年)
〇マーティン・J・ドハティ著 伊藤はるみ訳『図説アーサー王と円卓の騎士』原書房(2017年)
〇ローナン・コグラン著 山本史郎訳『図説アーサー王伝説事典』原書房(1996年)
〇フィリップ・ヴァルテール著 渡邉浩司/渡邉裕美子訳『アーサー王神話大事典』原書房(2018年)
〇国際アーサー王学会 日本支部オフィシャルサイト http://arthuriana.jp/