どうもトフィーです。
今日は中村文則の作品の持つ引力について話していこうと思います。
その過程で先生の代表作『土の中の子供』についても紹介していきますので、気になった方はぜひ手に取ってみてください。
1.基本的に暗い作風の中村文則の作品
中村文則の小説は、基本的に暗い作風が多いです。
数ある純文学作家の中でも特にそう感じます。
それはストーリー展開や人物の心情描写はもちろんのこと。
一人称でありながら、たんたんと自身のことを語っていくような文体をとっていることもそのように感じさせる一因でしょう。
彼の作品ではだいたいの場合、主人公やその周辺の人物はなにかに縛られています。
それがなにかといえば、幻想だったり、妄想だったり、あるいは強迫観念だったりと、色々なパターンがありますが、あえて共通点をみつけてくくるのであれば「言語化できない不安と恐怖」といったところでしょうか。
『銃』、『王国』、『悪と仮面のルール』、『土の中の子供』、『去年の冬、きみと別れ』、『何もかも憂鬱な夜に』etc.
多くの作品内で、彼ら彼女らは虐待された経験だったり、普通でない家族だったり、非日常や反社会的なことへの憧れといった枷を外せぬまま大人となり、歯車が少しずつ狂っていくのです。
2.『土の中の子供』の一節でようやく気づいたこと
ぼくは基本的には作者買いという方法で、本を手に取ることはありません。
ふらっと本屋に立ち寄っては、表紙やタイトル、あらすじなどに目を通して衝動買いしたり、ネットで紹介されていて気になったものをAmazonで購入したりといった購入パターンがほとんど。
そうして買った本がおもしろく感じられても、たまたまそのときの内容が自分の好みと合っていただけで、他の作品もそうであるとは限らないと考えてきました。
最近ではそれも多少変わりつつありますが、それでもやはり作者自身を好きになって他作品にまで手を伸ばすというのはレアケースです。
そんなぼくですが、中村文則の作品だけは高校時代からちょくちょくと読み続けてきました。
ちょくちょくというのはぼくが熱心なファンなどではなく(全作読んだわけでもありませんし)、ただなんとなく中村作品を手に取って、時間をおいてまたべつの作品を手に取るといった読み方をしていたからです。
特にこれといった理由もわからぬままに、「なんかいいな」といった曖昧な感覚で読んでいました。
そんな具合に大学を卒業した今でも、思い出したように彼の作品を積本の中から発掘しては読んでいたのですが、最近になってようやく目を通した『土の中の子供』の中のとある一節が、妙に心に残りました。
「……本、持ってきて。あなた、色々読んでるでしょう? ここにいると退屈で死にそうだし」
引用:『土の中の子供』
「俺が持ってるのは、暗いやつばかりだぞ」
「何でそんなの読むの」
「何でだろうな」
私はそう言い、小さく笑った。
「まあ、救われる気がするんだよ。色々考え込んだり、世界とやっていくのを難しく思ってるのが、自分だけじゃないってことがわかるだけでも」
まさにこれでした。
要するに中村文則の物語は、ぼくにとって共感性が高く、救いを与えてくれるような作風だったのです。
ぼくは基本的に暗い作品を手に取って好む傾向がありました。
その中でも中村文則作品を読むと、うまく言葉にできない日頃抱いているような憂鬱な心情が表現されていくような気分になりました。
心地よいというか、妙な安心感みたいなものが得られました。
ぼくは無意識に先生の作品に対して救いを求めて、一時的に満たされていたのでしょう。
そして中村文則作品に暗い作品が多い理由として、その根底には上記の台詞のような思いが込められているのかもしれません。
そうだとしたらナーバスな気分のときに先生の作品がすっと入り、隙間を埋めてくれるような感覚になるのも頷けます。
3.『土の中の子ども』についての補足情報
27歳のタクシードライバーをいまも脅かすのは、親に捨てられ、孤児として日常的に虐待された日々の記憶。理不尽に引きこまれる被虐体験に、生との健全な距離を見失った「私」は、自身の半生を呪い持てあましながらも、暴力に乱された精神の暗部にかすかな生の核心をさぐる。人間の業と希望を正面から追求し、賞賛を集めた新世代の芥川賞受賞作。著者初の短篇「蜘蛛の声」を併録。
中村文則の第5作目の小説。
第133回芥川賞受賞作。
純然たる文学作品です。
とはいえ116ページで分量も軽く、文体も平易であるために意外とサクッと読むことができます。
中村文則作品には短篇・中編・長編と様々な形式のものがありますが、『土の中の子供』は最初の一冊としては非常におすすめだと思います。
主人公はあえて不良に殴られるように挑発したり、転落死しようとマンションから身を乗り出したりと、破滅願望者のような振る舞いを見せます。
幼少期のころの虐待の経験が彼をそのように振舞わせている、染み付いた恐怖によって彼は破滅へと導かれて行っているのだと思いましたが、そうシンプルな話ではなかったのです。
最後まで読み終えても、結局主人公がなにに苦しみ、どのような心境の変化があったのかはうまく言語化できません。
というよりも現時点で、無理に言語化してもしょうがないという思いがあります。
芥川賞受賞作ということで、探せばいくらでも研究は見つけられそうですが、しばらくは目を通すつもりもありません。
何年後かにもう一度読み返して、改めて自分の頭で整理したい。
『土の中の子供』はそう思わせられた作品でした。