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本屋大賞『流浪の月』感想・レビュー|読書感想文にもおすすめの内容

偏見と憶測について突き詰めていく傑作

どうもトフィーです。
今回の記事では、凪良ゆう先生の『流浪の月』についての感想を語っていこうと思います。
2020年の本屋大賞を受賞した作品で、文句なしの傑作でした。


流浪の月 (創元文芸文庫)

 

 

1.あらすじ

あなたと共にいることを、世界中の誰もが反対し、批判するはずだ。わたしを心配するからこそ、誰もがわたしの話に耳を傾けないだろう。それでも文、わたしはあなたのそばにいたい――。再会すべきではなかったかもしれない男女がもう一度出会ったとき、運命は周囲の人を巻き込みながら疾走を始める。新しい人間関係への旅立ちを描き、実力派作家が遺憾なく本領を発揮した、息をのむ傑作小説。

 引用:流浪の月 (創元文芸文庫)

 

2.本屋大賞『流浪の月』感想・レビュー|読書感想文にもおすすめの内容

 

a.評価と情報

評価:★★★★★
東京創元社
2019年8月30日刊行 
2020年本屋大賞 

 

b.作品内容

誰もが悪意や善意、執着や依存などの様々なフィルターを通して世界を見ている。
「偏見」「憶測」にとらわれてしまい、事実とはほど遠い空想であれこれと語ってしまう。
『流浪の月』のテーマをふんわりと説明するならば、こんな感じでしょうか。

 

「偏見」と「憶測」いうものは、生きていくうえで終始つきまとってくる厄介な問題です。
この記事を読んでくださっているみなさんの中にも、「偏見」と「憶測」に苦しめられてきた人が少なからずいらっしゃることでしょう。
だからこそ家内更紗と文の境遇が他人事は感じられず、強く読者の心を揺さぶってきます。
こういった内容の本は、読書感想文にもおすすめではないかと思います。

 

この物語は、幼いころに誘拐された少女・家内更紗(かないさらさ)と、彼女を連れ去った大学生の青年・佐伯文(さえきふみ)の物語です。
つまりは被害女児と誘拐犯ということになりますが、二人の関係はただそれだけのものではありません。

 

更紗には居場所がありませんでした。
彼女は幸せな家庭に生まれました。
浮世離れしていると評されるような、たとえば夜ご飯にアイスクリームを食べるような家庭ではありましたが、彼女はそれでも幸福でした。


けれども、まだ彼女が幼いうちに父親が亡くなり、母親は蒸発してしまいます。
引き取られた伯母の家では、彼女は夜ご飯にアイスクリームも食べられないし、周りとあわせることを求められます。
その上に、夜な夜なその家庭の息子が部屋に忍び込んできては体を触っていく。
彼女は両親を失うとともに、安心して帰る場所も、自分らしく振舞う場所もなくなってしまったのです。

自分を押し殺して送る日々に、とうとう限界が近づいてきます。
ある雨の日の児童公園のベンチで、彼女が沈んでいると一人の青年が声をかけてきました。
「うちにくる?」、と。
彼はいつも公園に現れては本を読むふりをして、児女の姿をただ黙ってじっと見つめていく、いわゆる「ロリコン」と噂されるような人物でした。
けれども彼女は、彼に親近感を覚えていました。

 

というのも、更紗は公園で友だちと遊んで別れてから、また公園に一人戻って読書を始め、可能な限り時間を潰すという日々を送っていたのです。
その時間になってもまだ青年は残っているけれども、互いに声もかけずに読書に耽る。
そんなルーティーンのような毎日を送ってきたために、気づけば青年に親近感を覚えていて、だからこそ彼の「うちにくる?」という申し出も受けました。

 

それからというもの、更紗の景色には色が戻りました。
青年――文は、更紗に一切の危害を加えないどころか、彼女のしたいことを受け入れ続けます。
文はけっして彼女を否定せず、周囲にあわせることを強要しない。
だからこそ、更紗は文と過ごす日々に居心地の良さを覚え、文も彼女に影響されていき、二人は仲は進展していくのです。(といっても、二人の関係は恋愛ともまた違います)

 

ですが、そんな日常が長く続くはずはありません。
更紗が行きたいと願った動物園で、文は捕まってしまいます。
捕らえられる文と泣き叫ぶ更紗の姿は、野次馬に録画されてしまい、それからデジタルタトゥーとしてネットに残り続けるのでした。

 

普通の小説ならもうこれだけで、一冊近くの分量になるでしょう。
ですが、この時点ではまだたったの70ページ。
全体の3分の1にも満たない量です。


この物語のすごい点は、ここまでの濃密なストーリーを経たうえで、それを下敷きに更紗が大人になってからの物語を展開していくという点にあります。

 

彼女は周囲から「家内更紗ちゃん誘拐事件」の被害女児としてのレッテルを貼られ続け、そんな中で偶然に文と再会するというところから物語が再び動き出します。
そして「偏見」「憶測」が二人を蝕み続けていくのです。

 

これ以降のストーリーは、ぜひご自身の目で確かめてください。
圧倒されるとともに、とあるシーンで背筋が凍ります。

 


流浪の月 (創元文芸文庫)

 

これ以降では、物語全編の内容を踏まえての感想をのせています。
ネタバレを避けつつも、『流浪の月』に共通する部分のある「おすすめの小説」をチェックしておきたいという方は、以下のリンクをご活用ください。

 
 
 
 
 
 
 
 
 

3.『流浪の月』全編を通しての感想(決定的なネタバレを含みます)

ここまでご覧になられている方の多くは、すでに『流浪の月』を一読されているかと思います。
そんな方々には、「背筋が凍った」という先のぼくの言葉には共感していただけるのではないでしょうか。

 

具体的に述べるのなら、3章の終盤。
文が狼狽しながら口にした、トネリコによる比喩です。

 

あの比喩により、文は幼少期から歩みを進めることができなくて、それゆえに大人の女性を愛することができなかったということが明かされます。
つまり、彼は小児性愛者なんかじゃなかったというわけで、その衝撃たるや凄まじいものでした。
この物語を通して「偏見」と「憶測」について考えていたぼく自身が、彼について誤った解釈をしてしまっていたのです。
そしてそれは更紗も同じ。
「偏見」と「憶測」に苦しめられてきた更紗でさえもが、またそれらに支配されていた。
恐ろしいことに、ぼくたちは虚構を「事実」だと思い込んでいた。

 

 

「ああ、これか。これがそうなんだな」、と心の底から理解させられましたね。
叙述トリックにも近いあの仕掛けがあったからこそ、『流浪の月』は評価されて本屋大賞を受賞するにまで至ったのだなぁ……としみじみと思いました。

 

もうこの小説を、学校の教科書に載せて欲しいくらいです。
この小説を通して、「偏見」、「憶測」、「マイノリティー」、「デジタルタトゥー」、「メディアリテラシー」などなど、一度は考えなければいけない問題について深く触れることができます。
実感のないまま「偏見はやめよう」と「憶測でものを言ってはいけない」と教えるのではなく、一度それらを体感してから考えた方がよっぽど身になるだろう。

 

同じ月でも、日時や場所、その他のあらゆる条件によって見え方は変わるのだということを、ぼくたちは戒めなければならない。


難しいことではあります。
それでも「偏見」と「憶測」に縛られず、真実に向き合わなければいけません。
そうすることで、ほんのわずかにでも救われる人がいるはずです。
『流浪の月』のラストの、文がそうであったように。

 

4.似ている部分のあるオススメの小説

『私が大好きな小説家を殺すまで』

「家庭から逃げ出した女子小学生が、美男子の部屋を居場所とする」と言えばまさにドンピシャに感じることでしょう。
また性質は違えど、世間の視線に苦しめられるいう点も共通しています。

www.kakidashitaratomaranai.info

 

『15歳のテロリスト』

「まずは全てを知らなきゃ判断できない」
作中での台詞であり、重大なテーマでもありますが、まさに『流浪の月』のそれと共通しています。
少年犯罪という問題を扱っている点でも通じているので、ぜひ読んでいただきたいです。

www.kakidashitaratomaranai.info

 

『恋する寄生虫』

主人公とヒロインが、「重度の潔癖症」と「視線恐怖症」というマイノリティ的な性質を有していて、人に理解されない苦悩を抱えている点が共通しています。

www.kakidashitaratomaranai.info