書き出したら止まらない

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【後編感想】怒涛の展開で魅せる傑作|映画『FGO 神聖円卓領域キャメロット』

 

FGOで円卓たちのモーションが改修されたことに狂喜乱舞しているAuraです。スクショし出したら止まりません。

 

さて、劇場版『Fate/Grand Order -神聖円卓領域キャメロット- [後編 Paladin ; Agateram]』が2021年5月15日に公開されました。

いろいろあって公開が危ぶまれた本作ですけれども、遂に封切りとなりました。タイトルが長いので、この記事では『後編』と略して書いていきます 笑

 

個人的に、FGOのストーリーでは第1部第6章が一番好きで、『前編』の方は劇場で5回観ています。ただ、そこで僕は『後編』の出来にかなりの不安を持つようになりました。

『前編』は『前編』で好きな映画なんですが、手放しで評価できないのも事実ですね……。

 

どうなることかと固唾を呑んで見守っていた『後編』の、個人的な感想を書いていきます。ところどころでパンフレットなどの記述も併せてご紹介しています。

 

あ、この記事は基本的に映画を観た方向けに書いていますが、もしも「観るか迷うな……」という方がいたら、ぜひ観てください!!物語良し、作画良しの名作ですので!!!

僕は公開初日から数えて5回観ましたが、まだまだ観たいです。

 

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©TYPE-MOON / FGO6 ANIME PROJECT

「そして、この旅の終わりを知る」

 ↑ メインビジュアルが尊い。この構図を思いついた人は天才です。

 

※原作及び映画のネタバレ注意です。また、原作プレイ済の方向けの書き方をしてます。

※記事中でセリフを書いている箇所では、細かい言い回しを変えている場合があります。

『前編』の感想の振り返りも載せてありますが、『後編』の感想だけを読みたい方は、目次からそちらへ飛んでください。

 

 

『前編』を振り返って

では、『後編』の感想に入る前に、以前書いた『前編』感想記事の一部をまとめておきます。

 

①上映時間約90分は尺が短すぎる

そもそも90分という時間設定がおかしい。『後編』も90分であるため、その時点で不安である。
制作会社が異なり、安易な比較は良くないが、『Fate/stay night [Heaven's Feel]』第Ⅰ~Ⅲ章のように120分あっても良かった。

 

②円卓の騎士たちの描写があまりにも薄い

獅子王の神ゆえの冷たい暴虐さ、円卓の騎士の生前とは異なる異常さを描写しきれていない。
元から『後編』で円卓を大きく扱うつもりだったようだが、それでも『前編』の範囲内で描写すべきシーンはあった。

 

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©TYPE-MOON / FGO PROJECT

 「第5節 敗走(1/2)」より。
『前編』で個人的に入れてほしかったシーンです。

 

③「アーサー王の笑顔」をベディが回想する場面の演出不足

王の笑顔と言葉に、ベディは感銘を受ける。
これこそ彼が贖罪の旅路を歩み続けられる理由であるため、もっとドラマチックに、尺を取って演出してほしかった。

 

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©TYPE-MOON / FGO PROJECT

 「第8節 星の三蔵ちゃん、天竺から帰る(1/2)」より。

 

④サーヴァントの戦闘描写に課題あり

サーヴァントが人知を超えた存在であることを表現してほしかった。
ましてや6章の円卓は “ギフト” を授けられたことで、通常のサーヴァントよりも強大な存在になっている。

 

出典 ↓

www.kakidashitaratomaranai.info

※『前編』感想記事はめちゃくちゃ長いです。大学の卒業論文くらいのボリュームがあるので閲覧注意(?)です 笑 

 

僕が感じた『前編』の課題点をまとめると、上記のようになります。
不安材料が多くて気がかりだった『後編』ですが、結論としましては、満足できる傑作になっていました。

 

『キャメロット後編』前半部の感想|ベディの描写などが◎

まず、『後編』全体の感想をひとことで表現しますと……

 

「気にならないところがないわけではないが、それを優に上回る熱量と魅力を備えている」

 

になります!!

気になったところというのは、「あのセリフも聞きたかったな……」くらいのものです。とはいえ、これはベディまわりに焦点を絞る上で仕方のないことですから、大した問題ではないです 笑

押さえるべきところはしっかり描いてくださってますし!

 

では、ここからまず映画前半部の内容を見ていきます。

 

冒頭の回想&後半に向けての大胆なカット

僕は、映画開始1分で泣きました。

 

だって、アルトリアに聖剣返還を託されたベディの回想を冒頭に持ってくるなんて卑怯じゃないですか!!完全に不意打ちですよ!!!笑  

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©TYPE-MOON / FGO6 ANIME PROJECT

 

僕は『Fate/stay night』におけるセイバールートの終幕が本当に好きなので、それを思い出して早々にベソをかく羽目に。
FGOの映画でありながら、SNファンの心をも狙い撃ちする構成の妙が素晴らしいです。 

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©TYPE-MOON

『Fate/stay night』でのイベントCG。

 

そしてこれは、単なるファンサービスの枠に留まらず、『後編』が徹底して「王と騎士の物語」であることを如実に示しているでしょう。

 

僕は映画の予告PVで上記のシーンを見た時、「内容からして、終盤で出てくる回想だろうな」と思っていました。それがまさかこう来るとは……!!

在りし日の王と、ベディが犯した罪の暗示のふたつを最初に見せることで、映画で描きたいテーマを明確にしていると言えます。

 

この「王と騎士の物語」に的を絞るため、映画では大胆なカットや改変がされていました。映画を観る前から想像はついていましたが、アトラス院のくだりや魔神柱化したオジマンとの戦いはばっさり削られていました。

 

ただ、予想だにしていなかった場面もあります。オジマンが「出でよ!トライヘルメス!!」って言ってたところです。「アトラス院の場面をそうまとめたか!」という驚きと共に、オジマンがこれを言ってるのがなんかシュールでクスッと来たんですが、僕だけでしょうか 笑 

 

アトラス院関連で一番の改変は、やはりマシュの中のいる英霊の真名をベディが明かしたことでしょう。

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©TYPE-MOON / FGO6 ANIME PROJECT

 

原作では直接に教えてはいなかったわけですし、ここはもしかすると賛否が分かれるところかもしれません。ただ、僕としてはアトラス院のカットと、それに伴う改変はそれほど気にしてはいません。

全ては後半の聖都大戦のためですからね……!笑

 

マシュVSランスロット|シリアス&コミカル

ランスロットをカルデア側につかせるくだりでは、シリアスな空気がマシュの一撃で一変してて笑いました。 

 

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©TYPE-MOON / FGO6 ANIME PROJECT

↑ の場面で、大真面目に「あれが王の所業などと語れるものか!」と語勢を強めて戦っていたところへ、マシュが盾を思い切りぶつけるという。

ギャグアニメのごとくランスロットがクルクル回転しながら吹き飛んでいくギャップを見て笑わずにいられましょうか、いやできない 笑

 

明らかにギャラハッドの意識が表出していたマシュは無類の強さを見せ、ランスロットと互角以上の戦いを繰り広げていました。まぁこれは、ランスロット側に

①殺る気がない
②マシュ ≒ ギャラハッドを前にしてタジタジ

という二つの理由により、全力を出すつもりがなかったというのも大きいでしょう 笑

 

ランスロットは獅子王のやり方に疑問を抱いていたために、藤丸たちを目の前にしても即座に剣を向けず、いろいろ問答を交わしていました。
『前編』でのアーラシュ戦と『後編』でのアグラヴェイン戦を見れば分かりますが、ランスロットって殺る気がある時は、何も言葉をかけることなく襲いかかっていきますしね 笑 

 

そのランスロットの逡巡と矛盾を、マシュ(とギャラハッド)は厳しく問い詰めていきます。単に武勇だけで追い込むのではなく、騎士の在り方をも問う姿は凛々しかったです。

こうしてランスロットに揺さぶりをかけられるのは、ギャラハッド(を宿すマシュ)だからこそ、かもしれません。

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©TYPE-MOON / FGO6 ANIME PROJECT

ここでの盾の使い方がテクニカルですごかったですね。投げてから消すというフェイントが見事。

 

そしてマシュに「お父さん」と言われて困惑してしまうランスロット……。いろんな意味でめちゃくちゃ動揺しますが、それでも負けないあたりさすがは円卓最強です。マシュのやり方がズルい 笑

(「穀潰し!」発言はなくて良かったです。あれだけはちょっと理不尽 笑)

 

僕はランスロット推しなんですが、『前編』ではセリフがほとんどなくて少し悲しかったものです……。
でも『後編』では、こんな風にマシュとの絡みが多かったり、何よりアグラヴェイン戦があったりと、ちゃっかり美味しいポジション(?)をもらってて満足しました。

 

決戦前日|ベディの怖れと覚悟

『後編』はバトルの派手さに注目が集まっていますけれども(もちろんこれは素晴らしいことです 笑)、僕は個々の心情描写がしっかりしていたことにも惹かれました。

 

特に、ベディヴィエールの葛藤や決意は丁寧に描かれていたと思います。
『後編』での変遷をまとめるとこうなります ↓

映画冒頭:恐怖


決戦前日:恐怖に打ち克たんとする決意


聖都大戦:強靭な覚悟

セリフや表情の芝居でそれぞれの違いも伝わり、感情移入できるようになっていました。

 

『後編』の冒頭では、山の翁が「汝の覚悟を遍く光のもとに示せ」と告げます。僕なりに言い換えるなら、罪と向き合いこれを贖う覚悟を示せ、といった感じでしょう。

 

ベディは、『前編』の最後にてアーラシュが見せた覚悟に影響を受け、ようやく自身の罪を直視できるようになりました。そこでは「今度こそ、我が王を殺すのだ」と声を振り絞っていたのが印象的でしたね。

しかし、罪に向き合うことと、これを償うために一歩踏み出す覚悟は別のものだと僕は考えます。ベディは、まだ躊躇していました。これを山の翁には見抜かれていたと言えます。

「罪人である私の最後が、怖いのです」と藤丸に打ち明けていましたが、いよいよ聖都侵攻を前にしても、ベディの中には自身を苛む苦しみがありました。

 

ダヴィンチを囲み、皆で獅子王について話し合っている時の様子を見ると…… ↓

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©TYPE-MOON / FGO6 ANIME PROJECT

 

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©TYPE-MOON / FGO6 ANIME PROJECT

 

三蔵の後ろに立つベディの表情が……。見ているこっちまでつらくなってきます。

 

三蔵の「今のアーサー王はもう違う。別人よ」という言葉に続き、マシュが「もはや獅子王には、人としての心は……」と言うのを横で聞いているベディの苦しみは凄まじいものでしょう。遂には罪の意識で押しつぶされそうになり、失神してしまいます。

 

ベディの中にある罪悪感と自責の念はあまりにも大きなものでした。覚悟を示さねばなりませんが、どうしようもない恐怖に足が竦んでしまいます。王に聖剣を返還するその時のこと、自身が虚無に帰すこと……。

 

ベディは周囲に全ての真実こそ告げませんでしたが、改めて自身の感情を藤丸に吐露しました。「この旅の終わりに意味がなかったらと思うと、怖ろしい」というベディの言葉に対し藤丸は、「意味はある。命を後に繋いでいるから。アーラシュがそうしたように」と答えます。

 

そして、藤丸は『前編』にてアーラシュが遺した短剣を託しました。アーラシュの示してくれた覚悟は短剣という形となってベディの手に渡り、彼の気持ちを再度突き動かします。

 

こうして藤丸とアーラシュの想いを受け取ったベディは、恐怖に打ち克ち、使命を全うする覚悟を持つに至りました。

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©TYPE-MOON / FGO6 ANIME PROJECT

いい表情。朝焼けと共にベディの心が晴れわたっていきます。

 

まとめるなら、『前編』で再起したベディが、『後編』ではそこから歩み出したというイメージですね。
キャメロットの劇場版は前後編でコンセプトや作風が随分異なっていますが、それでも両者の間で描写の積み重ねはできていると思います。


しかも、前後編のつながりを象徴する「アーラシュの短剣」は、後々のガウェイン戦にもつながってる……!

 

 

『キャメロット後編』後半部の感想|聖都大戦が熱い

後半部の聖都大戦パートは、

 

「怒涛の展開続きでひたすら熱い。作画が凄い」

 

のひとことに尽きます。後半60分はずっと興奮の連続でした。派手なバトルが多いですし、これは文で感想書いて振り返るより、もう一回映画を観に行く方がいいんじゃないかとすら思います 笑

 

というか、(いい意味で)バトルの数が多すぎるんですよ!全部は載せ切れないので、簡潔にまとめていきます。

※ランスロットVSアグラヴェイン、トリスタンVSハサンの戦いについては文字数の都合により割愛します 笑

 

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©TYPE-MOON / FGO6 ANIME PROJECT

トリスタンについて書ける余裕がなくて私は悲しい………。

 

原作からの改変が良い

『後編』でも原作からの改変・再構成がありましたが、ことごとく良い方向に作用していたと思います。

ざっと書き出してみても、

①聖都大戦を、崩壊していく空中都市の中での戦いにした
→原作では聖槍抜錨により発生した「光の柱」により中心部に近づけないという設定だった

 

②オジマンの大神殿を空中要塞として登場させ、臨場感を高めた

→原作では遠方から支援していた

 

③三蔵 VS モードレッドという対戦カード

→原作にはないオリジナル描写

 

①の崩壊する空中都市と②の大神殿の空中要塞化は、映像がすごく派手になっていました。原作での設定を踏まえた上で、映画として面白くするためあえて変更をした監督さんのアイデアが素晴らしい……! 

 

ご参考までに、パンフレットの内容を一部紹介します。
(太字は僕が私的に付しました)

「物理的な距離感」を出したいという考えと、クライマックスにふさわしいスケール感のある舞台を演出するため、王城そのものを上空に浮かび上がらせるというシチュエーションを描きました。

キャメロットの変形により、城の各所が浮遊しバラバラになることで、各キャラクターを孤立させると同時に、アクションに三次元的な広がりを持たせたいという考えもあります。

 

〇映像化するにあたってオジマンディアスたちもキャメロットにいる藤丸らみんなと一緒に戦っているという心情的な距離を縮めたいという思いから、ピラミッドごと現地に飛ばそう、と考えました。

 

出典:劇場版『Fate/Grand Order -神聖円卓領域キャメロット-』[後編 Paladin ; Agateram]パンフレットより

 

③の三蔵 VS モードレッドは、「三蔵が聖門を破壊するだけの役割で終わっている」と奈須きのこさんが指摘し、そこから荒井監督が脚本家と話し合った結果生まれたものであることがパンフレットにて紹介されています。個人的にこの対戦カードは、意外な決着点でありつつも納得のいくものでした。

 

暴走するモードレッドの中でくすぶっている思いを、仏の慈愛で包んで解きほぐすというのは、方法こそ違えどアプリ版と同様に、三蔵が徳の高い法師であることを十分に活かした演出だと思います。

 

個人的に、モードレッドを膝枕する三蔵はなんだか母性を感じさせましたね 笑

生前、実の母であるモルガンとは相容れなかったでしょうし、慈しみ深い三蔵に看取られたおかげでモーさんは原作ゲームより安らかな気持ちで消滅できたんじゃないかな……と思ってます。

 

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©TYPE-MOON / FGO6 ANIME PROJECT

 

あと、原作ではアーラシュがモードレッドに「命を無駄にするな」という趣旨の説諭をするシーンがあるのですが、『後編』で代わりに三蔵がそれを言ってくれて 「ナイス!!」と嬉しくなりました。

 

好きだったんですよねあのシーン。原作のセリフをうまく取り込んでいます。 

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©TYPE-MOON / FGO PROJECT

第7節「遊撃騎士モードレッド」より。
宝具で自爆しようとするモーさんをアーラシュが叱る。

  

なお、これらも荒井監督が工夫して『後編』に盛り込んだことが明かされています。

——原作ゲームでは、自暴自棄になったモードレッドが自爆しようとしたところをアーラシュに阻止されるという展開でしたね。

 

荒井 『前編』ではオミットせざるを得なかったそのドラマを、相手を三蔵にすることでなんとか拾い上げられるんじゃないかと。「消えていい命なんかない。意味のない死なんてない」という仏の道を説きながら、モードレッドの自爆を慈愛の手で包み込むことで止める。そして、その慈愛に触れたモードレッドは晴れやかな気持ちで消えていく——。

 

出典:劇場版『Fate/Grand Order -神聖円卓領域キャメロット-』[後編 Paladin ; Agateram]パンフレットより

 

いい感じで〆といてこんなことを付け足すのもアレですが、「モードレッド卿の射出準備完了まであと3分」って粛清騎士が真面目なトーンで言ってたのはちょっと面白かったです 笑

いわゆる「アーラシュフライト」のリスペクトかもしれません(絶対に違う

 

さて、ではここから円卓同士の戦いについて書いていきます。
全てを取りあげることはできないのですが、お許しください 笑

 

ガウェインVSベディヴィエール|それぞれの忠義

僕にとって、 『後編』のベストバウトはガウェイン戦です。他のバトルも全部好きなので、どれかひとつを選び出すのは本当に難しい!!
あ、でも直後に控えている獅子王との対峙は別枠とします。宝具ランクでたとえるなら、ガウェイン戦がA+で、獅子王戦は規格外のEXという感じですね 笑

 

ベディVSガウェイン戦は、その位置づけをキャメロット全体で考えた時に重大な意味を持っています。ふたりが持つ異なる忠義、信念、そして後悔を真正面からぶつけ合い、最後にはベディが、自らの意志でガウェインを手にかけなければなりませんでした。

 

ガウェインは生前、王の命に従わず私情を優先した結果、最期まで王の傍にいることができなかったという後悔から、キャメロットでは「獅子王の騎士」として絶対の忠誠を誓い、ベディの前に立ちはだかります。 

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©TYPE-MOON / FGO6 ANIME PROJECT

ベディを睨みつけるガウェイン。彼がこれだけ怖ろしい形相をするのは ↑ の場面くらいなものです。
そして顔面を斬られてもかすり傷だけ。太陽の加護すごい。

 

対するベディは、ガウェインと同様に王の命に背いたという罪……その罪の証たる聖剣を返すというただ一つの使命のため闘う「騎士王の騎士」です。

ふたりともが王に対する不忠を悔やみ、そこから結果として同胞同士で殺し合うという悲劇が切ないです。

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©TYPE-MOON / FGO6 ANIME PROJECT

アガートラムでガウェインの“ギフト”を打ち消します。そうやって食らいつく姿がかっこよい。

 

この「獅子王の騎士」VS「騎士王の騎士」はとにかく熱い、激しい、そして重苦しい!!剣戟を繰り広げ、剣がなくなれば殴り合い、果ては戦場に落ちている石で相手を殴りつける……。
絶対に負けるまいと、互いに全力をかけ闘うさまは鬼気迫るものでした。作画の迫力がとにかくすごい。ぐりんぐりん動きます。

 

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©TYPE-MOON / FGO6 ANIME PROJECT

たとえ自らの手が焼けただれても、ガウェインはガラティーンを振るうことをやめませんでした。

 

そして最後には、ベディがガウェインを手にかけます。
原作ではガウェインより先にモードレッドを倒していますが、映画でベディが殺めるのはガウェインただひとり。この改変により「覚悟の重み」が変わってきます。

 

パンフレットをお持ちでない方は特に、荒井監督の意図をぜひとも読んでほしい……!!めちゃくちゃ大事!!
(太字・改行は僕が行いました)

ガウェインとの戦いは、ベディヴィエールにとって獅子王と正対する資格を得るための通過儀礼としての意味合いを込めたかったんです。

 

過去に円卓同士での殺し合いを経験しているガウェインは、「貴卿も自分の正義を貫くために、仲間を殺せるのか」と、覚悟の有無を問い詰めます。それが、ベディヴィエールが乗り越えるべき最後のハードルなんです。その構図を成立させるために、ガウェイン戦までは誰も殺してほしくなかった。

 

だからこそ、ガウェインを倒すことで、ベディヴィエールはすべての迷いや葛藤を乗り越えた存在となり、神にも等しい力を持つ獅子王に迫ることができるようになるんです。

 

出典:劇場版『Fate/Grand Order -神聖円卓領域キャメロット-』[後編 Paladin ; Agateram]パンフレットより

 

そうきたか~~~!!!すげェ~~~~!!!!(語彙力
『後編』の物語を読み解く際に、ここはかなり大事なポイントだと思います。

 

ガウェインはあの「6章/zero(円卓同士の殺し合いと、偽リチャードとの戦い)」を経ているわけですから、覚悟を問いかける意味が重い。

劇中では、山の翁がガウェインに心象風景のような形で「6章/zero」の記憶を見せていましたが、ガウェインがガレスに剣を突き立てていたところで僕は「あ”っ……!!」ってなりました。 

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©TYPE-MOON / FGO6 ANIME PROJECT

血塗られた戦場。ガウェインに与えられた試練………みたいな感じでしょうか。

 

獅子王に従うことを選んだ円卓の中で、最も覚悟が決まっている騎士はガウェインだと言えます。獅子王の大義を成すために同胞と切り結び、清らな騎士道を捨てて無辜の民を聖罰する。生前であればあり得ない凄惨な所業です。

 

しかし、ランスロットのようにこれを内心で疑うこともなく、トリスタンのように耐えきれずに“反転”することもなく、それこそガレスのように途中で折れてしまうこともありませんでした。
(アグラヴェインやモードレッドの姿勢はある意味生前と変わりません)

 

何があろうと決して揺るがないガウェインの姿は、「かつての円卓ではない」ことを象徴しています。

 

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©TYPE-MOON / FGO6 ANIME PROJECT

「円卓の騎士——それは絶対なる正義のはずだった」

( ↑ の『後編』キービジュアル通りに、円卓同士の殺し合いは悲惨でしたね……。

獅子王側につかなかった円卓はちょっとしか映らなかったので、FGOの第2部6章に期待です。ケイ兄さん出てきてほしい)

 

故にこそガウェインは、己を打ち倒しその手を血に染められるのかと、ベディに覚悟を問いました。ベディは最後の関門として行く手を阻むガウェインと死闘を演じます。その末に、ガウェインにとどめを刺したのが、藤丸に託されたあの「アーラシュの短剣」でした。

先の項にも書きましたが、この短剣には、アーラシュが示した英雄としての矜持と、藤丸のベディへの信頼と希望がつまっています。 

 

ベディは、アーラシュと藤丸の想いをつなぎ、そして自らの不退転の覚悟を短剣に込めてガウェインに突き立てたことになります。

この短剣は、単にとどめを刺しただけの武器ではなく、皆の覚悟が結実したものだと言えるのです。作中の様々な要素を一点へと収束させ、それをガウェインの問いかけに対する明確な答えとした、演出の手腕が素晴らしいですね。

 

 

(あと個人的に、この場面から『Fate/stay night』のセイバールート終盤で、士郎が言峰にアゾット剣を食らわせたところが連想されました。士郎が直接に「誰かを殺す」場面も、数が限られています。言峰の他にはHFでのセイバーオルタですね。

こんな風に士郎と6章ベディは重なるところが多いです。トレースオンとスイッチオン、HFの腕士郎とアガートラム、自らを「贋作」と評することとか) 

 

 

戦いの後、ガウェインが「私は、またしても最後まで王の傍にいられなかった不忠の騎士だ」と悔やみますが、ベディはガウェインの忠節を敬います。

そんなベディに「貴方であれば、王も御心を取り戻したかもしれないのに……」とガウェインは最期に秘めていた本心を打ち明けました。それを聞き届けたベディが、ガウェインの消滅後、自分こそが罪深い存在なのだと独白します。

ベディもガウェインも、こうして己こそ不忠者なのだと思い、お互いに相手を讃えています。ふたりの誠実さが胸に迫ってきますね。数あるバトルの中でも、観ていてここまで痛ましい気持ちになるものはありません……。

 

ガウェインが消滅すると同時に日が沈んで夜の闇が訪れる、という場面転換も美しかったなぁ……。要するに、作画も演出も何から何までガウェイン戦 is パーフェクトということです。

 

獅子王とベディヴィエール|かつてのブリテンの夕景

ようやく獅子王の話まで来れました 笑 

『後編』では、円卓を率いる王としての存在感がちゃんとあり、圧倒的な強さを持つ神霊であることがよく伝わってきます。

映画化が決まった時から、「そんな相手との戦いをどう描写するんだろう」と気にしていました。

 

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©TYPE-MOON / FGO6 ANIME PROJECT

原作で話を知っていても、「ベディヴィエールとは、誰のことだ?」が重かったです。

 
映画終盤の獅子王戦は時間としては短いのですが、やはり演出が見事でした。以下にパンフレットの内容を引用します。

(改行・太字は僕が行いました)

獅子王戦は言うなればエンディングに差し掛かったイベントバトルなんですよね。ガウェインとの戦いを乗り越えたベディヴィエールに怖れるものは何もなく、あとは為すべき使命を果たすのみという心境ですから。

 

出典:劇場版『Fate/Grand Order -神聖円卓領域キャメロット-』[後編 Paladin ; Agateram]パンフレットより

 

僕がこの項で書きたいことは、やはり「在りし日のアーサー王の言葉と笑顔」についてです。キャメロットという物語を語る上で、これは絶対に外せません……!!

 

なぜ大事なのかを『前編』感想記事で詳しく書いているので、まずはその部分だけ丸々引用します。(本記事の初めに載せた『前編』振り返りと内容が一部共通しています)

 

◇以下、『前編』感想記事より引用

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©TYPE-MOON/FGO PROJECT

「第8節 星の三蔵ちゃん、天竺から帰る(1/2)」より

 

なぜこの場面を重要視しているのかと言えば、すなわち、果てしのない贖罪の旅路を、ベディヴィエールが歩み続けられる理由を描いているためです。

どんなにか永く苦しい道のりであっても、彼が決して足を止めなかったのは、ひとえにアーサー王の笑顔を、真実を目にしたからです。

 

このことは原作終盤でも語られています。

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©TYPE-MOON/FGO PROJECT

 

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©TYPE-MOON/FGO PROJECT

「第17節 レプリカ(5/5)」より

 

「アーサー王の笑顔」の回想は、ベディの行動原理になっているのみならず、もはや『キャメロット』の根幹に通じる場面と言えるのです。

 

また、ここでは、ベディヴィエールがアーサー王に登用された理由なども語られていました。

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©TYPE-MOON/FGO PROJECT

 

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©TYPE-MOON/FGO PROJECT

 

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©TYPE-MOON/FGO PROJECT

「第8節 星の三蔵ちゃん、天竺から帰る(1/2)」より

 

他の円卓の騎士に比べて武勇に秀でているわけでもないのに、という趣旨のことをベディが申し上げると、その考え方を正された上で、「人々の暮らしをつぶさに感じ取れる心細やかな騎士が要る」という言葉を賜ります。

 

たとい精霊の加護も、太陽の加護も、天賦の才もなかったとしても、アーサー王の助けとなれるという事実が、ベディヴィエールの胸にもたらした感銘の深さはいかばかりか。

 

このようにして、ベディヴィエールはアーサー王の言葉と笑顔を源として、『キャメロット』では強さにおいて格上の円卓たちと戦っていくのです。

ここまでが引用です

 

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©TYPE-MOON / FGO6 ANIME PROJECT

中々顔全体を見せてくれなかったので焦らされました。

 

さて、「アーサー王の言葉と笑顔」は『後編』でどう扱われるか……と思いながらスクリーンに見入っていた僕ですが……

 

涙腺が完全に終わりました。

 

 

ベディが獅子王の元へ向かおうとすると、(聖杯の魔力がマシュの中のギャラハッドに反応し)あの日のブリテンの夕景がそこに再現されました。

 

1500年前と変わらぬ夕陽を浴びる白亜の城郭。 しかしそこにいるのは、自らの罪により変わり果ててしまった王。

この対比を終盤に据える監督のセンスの良さ!!僕の想像を完全に超越していきました。奈須きのこさんがブログで絶賛されていた理由が頷けるというものです。

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©TYPE-MOON / FGO6 ANIME PROJECT

在りし日の夕景の中にいる獅子王。

 

ロンゴミニアドの攻撃を受けながらも歩みを止めないベディの姿に、「だから卿のような騎士が要る」という王の言葉の回想を重ねるなんて、もう涙するしかないじゃありませんか……。そこへ最高のタイミングで差し挟まれる笑顔の回想……。

 

遂に聖剣の返還を成し遂げるベディ……。身体が土くれとなって風に散っていきますが、王に跪く体勢を崩すことは決してありませんでした。

 

獅子王はエクスカリバーを受け取ると、「誇るがいい」とその忠義を讃えながら、ベディが還っていくのを見届けました。

そして、あの「剣を地面に突き立てて佇む姿勢」を取ります。これは、人としての心を取り戻したということを強調していますよね。 

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©TYPE-MOON

様々なところで見かけるお馴染みのポーズです。

 

ベディは罪を贖い、ようやく永い旅の終わりを迎えられました。あらゆる困難と恐怖を乗り越えた先にあった、この感動……!!

 

最後に、ベディヴィエール役の宮野真守さんが、インタビューにてお話しされていたことをここで引用しご紹介します。

ベディの旅路についてのコメントが素晴らしいんです!(改行や太字は僕が行いました)

「その後の獅子王とベディヴィエールは、戦いというよりは還しにいく、伝えにいくシーンでしたね」

 

と島﨑さんがクライマックスシーンについて触れると、宮野さんは

 

「この物語でベディが抱え続けていたものは“贖罪”なんです。

だけど藤丸たちに出会ったことにより、命はつながっていくということを知れたのが彼にとってすごく大事なことで、それによって獅子王に“ごめんなさい”ではなく“ありがとう”を言う旅へと変わっていった。

ベディが一番恐れていたのは自分の旅が意味のないものになってしまったらどうしようということだったのですが、それは自分自身ではなくアーサー王にとって、我々円卓といた時間も含め、生きてきたことが意味のあるものであってほしい、それが無になってしまったら怖いという想いだったんです。

だから本編最後のセリフは本当に、円卓全員が報われたような。なんてきれいな、美しい物語なんだろうと」

 

と感慨深く語りました。

 

出典:SPECIAL | 「Fate/Grand Order -神聖円卓領域キャメロット-」公式サイト (fate-go.jp)

 

感謝を伝える旅へと変わっていったんだという宮野さんのご感想は、ベディの旅路を言い表すにこれ以上ないほど相応しいでしょう。原作へのご理解の深さに、頭の下がる思いです。

 

原作におけるベディの最後のセリフを見てみましょう……!(映画でもほぼ同じ言い回しでした)

……円卓の騎士を代表して、貴方にお礼を。

 

あの暗い時代を、貴方ひとりに背負わせた。
あの華やかな円卓を、貴方ひとり知らなかった。

 

……勇ましき騎士の王。ブリテンを救ったお方。
貴方こそ、我らにとって輝ける星。

 

我が王、我が主よ。今こそ——いえ。
今度こそ、この剣をお返しします。

 

「第17節 レプリカ(5/5)」より

 

暗い時代をひとり背負わせてしまったことに対し、「貴方にお詫びを」ではなく、「貴方にお礼を」と伝えています。ここに、ベディの気持ちの全てが現れていますね。まさしく感謝を伝える旅でした……!

 

奈須きのこさんは獅子王との一連の場面を「美しい」と評しましたが、本当にその通りです。限界オタクとしては、いいものが観れた………もはやそれしか言えません………。

 

 

おわりに

『前編』で僕が求めていたものは全て『後編』で叶えられました。

ベディヴィエールがしっかり主人公してて、獅子王は存在感があり、他の円卓たちもカッコよく、そして聖剣返還の素晴らしい演出!

これらは、むしろ求めていた以です。

 

最初から最後まで「円卓の物語」だったので、尺が90分だったことはもうそんな気になりません 笑

 

そこそこ長い記事になってしまいましたが、これでも内容カットしたんです 笑
トリスタンやアッくんについても書きたかった!!

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©TYPE-MOON / FGO6 ANIME PROJECT

アグラヴェイン卿の実装待ってます。

 

特にアッくんは、原作では描かれなかったランスロとの戦いをやってくれましたし、エンドロールの後にはゲームと同様に獅子王と話すシーンがあったので感無量!!これがなくては!!

 

『FGOキャメロット後編』をまだ観ていない方はぜひ劇場まで。もう観たという方もリピートしちゃいましょう。スーパーウルトラ超絶騎士バトルとエモさカンスト聖剣返還にむせび泣こうではありませんか!

 

Blu-ray出たら速攻で買います!!!!

 


「透明」(『劇場版 Fate/Grand Order -神聖円卓領域キャメロット- 後編Paladin; Agateram』主題歌)
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