「そうだ たい焼き、食べに行こう。」
どうも、トフィーです。
今回は新潮文庫NEXより刊行された紙木織々先生の小説、『それでも、あなたは回すのか』を紹介させていただきます。
キャラ文芸では定番ジャンルのひとつ、「お仕事モノ」です。
特に主人公が新卒の社員ということもあって、20代前後の方には刺さりやすい作品でした。
また、仕事を題材にしているといっても、今作はソシャゲの運営会社を題材にしているので、 学生の方にも親しみやすいのではないかなと思います。
1.あらすじ
僕たちは「物語」の歴史の最先端を走ってる。編集者になりたい。そんな夢を胸に出版社を受けるも、就職活動がまったく上手くいかず、ソーシャルゲーム開発会社に入社することになった友利晴朝。配属されたのは、社内で「サ終(サービス終了)」と呼ばれる赤字チームだった……。ユーザーの声がダイレクトに届く運営現場。課金。ガチャ。そして、炎上。急成長するエンターテインメント業界、その内幕を描く新時代のお仕事小説。
2.『それでも、あなたは回すのか』感想・レビュー
a.評価と情報
評価:★★★★☆
新潮文庫(NEX)
2020年12月刊行
作者は紙木織々先生。
『弱小ソシャゲ部の僕らが神ゲーを作るまで』というライトノベル作品で、オーバーラップ文庫大賞《金賞》を受賞し、デビューされています。
紙木先生自身が、実際にソシャゲ開発会社の中でゲームプランナーとして働かれているようで、今作もデビュー作も強みを活かした作風となっているようです。
b.作品内容・人物
この物語は主人公の青年・友利晴朝(ともり はるとも)ーー縮めてハトくんの一人称でつづられていくわけですが、個人的にはかなり感情移入がしやすい作品でした。
たとえば、冒頭は面接のシーンから始まりまるわけですが、彼はあがり症のために言葉に窮してしまい、文学部であることをうまく自己PRに結び付けられなかったり。
なんとか新卒として入社することに決まったその会社では、周りの社員の境遇が気になって不安になってしまったり。
自分なりに精一杯がんばろうとするも、予想だにしない箇所でもたついてしまい、先輩社員に迷惑をかけてしまったり。
そんな感じで翻弄される彼の姿が、社会人一年目のころの自分と重なって見えてしまって、他のライト文芸作品以上に共感することのできるキャラクターだなあと思いました。
このような要素はぼくだけでなく、新卒入社の方であったり、就活中の大学4年生であったり、アルバイトを始めて間もない方であったりと、20代のほとんどの方にはぶっ刺さるんじゃないかなぁ。
あとキャラクターについてですけど、同じ部署の先輩社員がみんないい人すぎて泣けてきます。
特に契約社員で主人公の指導係の女性・安村さんとのエピソードは、本当にいい内容でした。
またソシャゲ好きの方にも、裏側の雰囲気が伝わって面白く感じられるのではないかと思います。
デバック対応や、お客様からの問い合わせ対応、納期に追われる様子やイベントでの不具合、予算についてのあれこれなど、ライトではありながらも結構リアルに描かれていた印象でした。
ここまでは作品の魅力を紹介してきたので、気になる点も挙げておきます。
その気になる点というのは、ずばりタイトルと帯の宣伝文句です。
『それでも、あなたは回すのか』というタイトルであるために、今までソシャゲに触れてこなかったけれども、「ソシャゲのどこが面白いの?」、「どういう心理でガチャを回したくなるの?」みたいな疑問や興味から手を出される方もある程度いるはずです。
帯の「貴方は私で課金する?」という宣伝文句も、それをあおるような内容ですし。
これに関しては、ある程度読み進めれば「課金」=「芽が出るかどうかも定かではない、2人の問題児たちへの投資」とも受け取れますが、未読の方からすれば当然分かりませんからね。
ただ本作はあくまでも製作側の物語。
上で挙げたデバック作業や問い合わせ対応の他にも、プログラマーやプランナーなどの仕事について少し知ることはできます。
しかし、課金ユーザーにフォーカスした内容ではないために、ソシャゲそのものの魅力について知りたいという方からすれば、あまり満足できないかなあと思います。
ただ、上であげたミスマッチさえ起こらなければ、お仕事小説としては十分に楽しめると思うので、気になった方はぜひ手を出してみてください。
www.kakidashitaratomaranai.info
3.『それでも、あなたは回すのか』ネタバレありの感想|安村さんについて
本作では数多くの人物が登場しました。
高卒で主人公と同じ新卒採用された表紙の女の子・青塚凜子(あおつか りんこ)。
筋トレとサッカーが趣味のプランナー・猪原太郎(いのはら たろう)。
インテリヤクザ風プログラマーの鹿宮卓(かみや すぐる)。
デザイナー&イラストレーターのふわふわとした口調のお姉さん・天花寺蝶子(てんげいじ ちょうこ)。
単語以上の言葉を発しないプログラマーの男性・峰(みね)さん。
上述のメンバーが所属する、プロジェクト『タクト』のディレクター・篠森淳之介(しのもり じゅんのすけ)。
他にも様々なキャラクターがいましたが、ぼく的には主人公を除けばやっぱり、プランナーの安村瞳(やすむら ひとみ)さんが一番印象に残りました。
安村さんですが、登場時点では無表情で厳しそうな女性社員というイメージでした。
しかし、物語が進むにつれてしっかりと主人公を成長させるために指導してくれるよき先輩社員であることがわかります。
カレー屋でのエピソードや、ミスをしてしまった主人公へのフォロー、同期入社の青塚までをも思いやっての行動、好物がたい焼きであるなど、それらの姿がなんともまあ魅力的。
そして忘れていけないのが、転職のため会社から離れることが明かされたあとでのたい焼き屋でのやりとり。
新卒時代の出来事から人を信じることをやめ、当初は主人公のこともまったく信用していなかったという告白。
けれどもそのあとに、ひたむきに頑張る彼の姿に「本当に久しぶりに、人を信じることができました」と続く言葉。
そして、彼女が残した「期待している」という言葉は、その後にもハトの背中を押し、いなくなった後も、存在感を残していくどこぞの柱のような姉貴っぷり。
別れ際の「ーーそれじゃあ、ハト君。お疲れ様」と、呼び名が「ハトさん」から「ハト君」から変わったのも、またこみあげてくるものがありました。
続刊があるなら、また彼女と再会できることに期待します……なんてことを読みながら思っていましたが、意外にも終盤で再登場。
数日間限定の助っ人として、ちょっぴり成長したハト君とともにデバック作業に打ち込むのでした。
本作を読み終えて、彼女のことを思い返し、ぼくは決めました。
「そうだ たい焼き、食べに行こう。」と。
PS.362ページの各章タイトルの回収は、なかなかにグッときました。
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