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アジカン『君の街まで』の歌詞の意味をインタビューから考察&解説【ASIAN KANG-FU GENERATION】

https://img.hmv.co.jp/image/jacket/400/14/3/9/015.jpg#_ga=2.194264363.787360260.1594575868-2026784220.1594575867

 

 

基本情報

 

『君の街まで』は、2004年9月23日に発売されたASIAN KUNG-FU GENERATION(アジアンカンフージェネレーション)(以下アジカン)の6枚目のシングルで、アジカン2枚目のフルアルバムソルファ(2004年10月20日)の3曲目に収録されている曲です。

 

www.youtube.com

 

 

このMVは松村祐治が監督で、

https://www.cinra.net/interview/201609-matsumurayuuji?page=2

こちらの記事では、松村監督がアジカンから「ロックっぽくないものオーダーされた」と発言しています。

 

 

はじめに

僕はこのアジカンの『君の街まで』という曲がめちゃくちゃ好きです。世の中の楽曲の中で一番好きです。年間で1000回は確実に聴いてます。

僕は一番初めに『君の街まで』を聴いた時は遠距離恋愛の歌だと思いました。

なぜなら、「切なさだけで 悲しみだけで 君の街まで飛べりゃいいのにな」という歌詞が、遠くに住む恋人を想う歌詞に聞こえたからです。

 

しかし、遠距離恋愛どころか恋愛をしていない自分にここまで刺さるのにとても違和感を感じ、『君の街まで』が何を言いたい曲なんだろうと考え始めました。

 文学的ともいわれるアジカンの歌詞を、インタビューから考察して紐解いていきたいと思います。アジカン後藤さん本人は自分の歌詞が「文学的」って言われるようになってから焦って文学を読み始めたらしいですが(笑)

 かわいいところある。

 

インタビュー

 インタビュー1

アルバムの制作をしているうちに、自分達の心をふるわせさえすれば、その音楽が何というジャンルだとしても構わない、そう思うようになった。
とはいえ、僕らにとって「自分の心をふるわす音楽」がROCKだとも思うし、ROCKでありたいとも思う。

だけど、ROCKであるが為のROCKなんてどうしようもない。本来目指す結果そのものが手法になったら意味が無い。

だから僕は思ったことを歌い、自分でどうしようもなく感動してしまう音楽を作る。そしてその結果「ROCKでありたい」、そう思う。
自分自身で感動して泣いてしまうような個人的な歌詞を書いて、結果普遍的なものであったならば嬉しい、そう思う。

「輝く向こうの先までは飛べないけど
 羽ばたいている間は消えないから」

期待や希望、その裏側には何時だってどうしようもなく残酷な現実が待っている
届きそうで届かない。掴めそうで掴めない。わかっていても、そこに毎度懲りずに手を伸ばす。その愚かさと切なさがたまらなくいとおしいし、そういう行為に僕はROCKを感じる。

そういうことを想って「君の街まで」を書いた。

http://www.sonymusic.co.jp/Music/Info/AKG/diary/main-200409.html

 

 インタビュー2

記者:で、歌詞についてなんですが、これはやはり、ツアーで各地を廻ったことで感じたことを歌ったものですよね?

 

後藤:そうですね。”届ける”意識というか、君の街まで届いたらいいな、という。
まさにリスナーに向けて歌った歌ですね。僕らの音楽を聴いてくれた人達が何をするか、っていうのを楽しみにしているんんですよね。例えば、ギターを買ってバンドをやり始めるのかもしれないし、何か他のことをやり始めるかもしれないし。そういうリアクションを期待してる歌でもあるんですよ。

中略)

記者:単なる理想論じゃなくて、現実も示している、と。

後藤:そうそう。辿り着けない可能性が高いんだけど、それでもそこを目指してしまう”悲しさ”っていうか。真っ暗闇よりも灯りがあることの残酷さっていうかね。そういうことも歌っているんですよ。むしろ可能性が全く無い方が楽なのかもしれないですけどね。

https://book3.5ch.net/test/read.cgi/poem/1165729221/

 

 

核の部分を抜き出すとここでしょうか。

期待や希望、その裏側には何時だってどうしようもなく残酷な現実が待っている。
届きそうで届かない。掴めそうで掴めない。わかっていても、そこに毎度懲りずに手を伸ばす。その愚かさと切なさがたまらなくいとおしいし、そういう行為に僕はROCKを感じる。

そういうことを想って「君の街まで」を書いた。

 

 ここのインタビューは後の考察で引用したいと思います。

 

 

 

 

 

実際の歌詞を細かく解釈

 

どうも、深読みニキです。

実際の歌詞を考察し、解説していきたいと思います。

全部枕詞に「あくまで個人的な意見ですが」とついていると思ってください。

 

 

 

夕闇の先 光る銀の月

 

暗闇が濃くなると、絶対に手が届かない月という存在が一層輝きを増します。

インタビュー2で言っていた「真っ暗闇よりも灯りがある」状態を冒頭で示しているのだと思われます。

 

鏡みたいに写る僕らの心細さも全部抱えて
君の街まで飛ぶための歌

 

タイトルの『君の街まで』が、君の街までなんなんだという感じでしたが、ここで判明します。この曲は、「君の街まで飛ぶための歌」ということでした。

ここで、後藤さんは、「この歌はリスナーのための歌だよ」と言っているのかもしれませんね。そして、”僕ら”もまた心細さを持った人間の一人だということが分かります。

自分自身で感動して泣いてしまうような個人的な歌詞を書くことを意識していると述べていたので後藤さんもまた”君”の一人かもしれません。

 

「君の街まで飛ぶための歌」が何を意味しているのか?

「君の街まで飛ぶ」とは物理的な意味か?

という疑問が出てきますが、これはのちほど解ります。

 

揺らいでいる頼りない君もいつかは
僕らを救う明日の羽になるかな

 

”君”は頼りない存在で揺らいでいることが分かります。

また、”僕ら”は救われる対象であることが分かります。

先ほど”僕ら”は「心細い」と述べているので、”僕ら”もまた頼りなく揺らいでいる存在だと考えられます。”君”も”僕ら”も大差ないということですね。

”僕ら”は”君”に対して、きっと希望をつかんでほしいと思っています。

しかし、「いつかは」「かな」という部分から、希望をつかめる可能性の少なさがにじみ出ています。

 

2時を指す影
輝く赤い木々の隙間を吹き抜ける風

 

午前2時のことなのか、14時のことなのかははっきり分かりませんが、先ほど夕闇が訪れていたので午前2時と考えた方が自然かもしれません。歌の中で時間が進んでいることが示されています。

輝く赤い木々は色づく紅葉のことで、君の街までが発売された秋を指していると思われます。

「吹き抜ける風」と切り取ればさわやかですが、なんだか心がざわつくような風がイメージされます。夜の風ってなんだか不安な気持ちにさせられますからね。

深い意味はなく、「影kage」と「風kaze」をかけたかったのかなとも思います。

 

切なさだけで 悲しみだけで
君の街まで飛べればいいのにな

 

”僕ら”は切なさと悲しみでいっぱいだということが分かります。

この「切なさ」と「悲しさ」というワードは先ほどのインタビューで出てきました。

インタビュー1:掴めそうで掴めない。わかっていても、そこに毎度懲りずに手を伸ばす。その愚かさと”切なさ”

インタビュー2:辿り着けない可能性が高いんだけど、それでもそこを目指してしまう”悲しさ”

 

また、その感情だけでは君の街までは飛べないらしいです。

君の街まで飛ぶというのは、”君”の心まで(何かを)届けることをあらわしていると思われます。

「何か」とは「この歌自体」や「希望に手を伸ばす勇気」だったりかなあと僕は思います。

 確かにそれらを与えるためには悲しみや切なさだけではダメな気がしてきます。

 

隣にいる冴えない君もいつかは
誰かを救う明日の羽になるかな

 

「隣にいる冴えない君」と表現すると、すごく平凡な存在をイメージしますね。

 

そんな平凡な”君”も、勇気を与えられる側から、与える側になるのかなぁ…と”僕ら”考えています。

また、”君”は隣にいることもあるので、君の街まで飛ぶというのは物理的なことではなく、”君”の心までメッセージを届けるといった精神的なものであることがここで分かります。

 

輝く向こうの先までは飛べないけど
羽ばたいている間は消えないから

 

希望は掴めないとを断言しています。つかめないんかい。

ただ、「羽ばたいている間は消えない」とは、手を伸ばしている間だけは絶望を知らずにいられるということだと思われます。

 

 

色づく季節を過ぎゆく想いはいつだって
駆け足早めて逃げ出す君はいつだって

 

色づく季節が過ぎ行くことは、秋が過ぎていくことを意味しています。

 ぶっちゃけここだけマジで分かりません。含みがすごすぎて。

色づく季節が過ぎるというのは、絶望を知り、期待を失った色のない世界が訪れるということをあらわしているのかなと思います。そして、そんな世界から逃げ出す君はいつだって、いつだって、

 

いつだってなんやねん。

 

 

揺らいでいる頼りない君もいつかは
僕らを救う明日の羽になるかな

 1番のサビがまたきます。 

 

まだ夢のような場所までは飛べなくても
羽ばたいている間は消えないから

ラスサビです。

先ほどは「飛べない」と断言していましたが、「まだ飛べなくても」と、少しだけ前向きに変わっています。

切なさや悲しみだけでは君の街には飛べないので、ここで少しの希望を加えているのかなぁと僕は思います。

ある分野では希望が掴めなくても、きっと次こそは「夢のような場所まで飛ぶ=希望をつかんでほしい」と言っています。

 

 

近付いた冬の足音に街が
鮮やかな色に染まって舞い踊る 

夕闇から2時に時間が過ぎたように、秋から初冬に時間が動きます。

色づく季節の秋が過ぎ、寒い冬が来るとどうしても寂しいイメージが浮かびますが、冬になると街はイルミネーションで色づきます。

寒くて寂しい冬には、その冬なり良さがあります。

最後の歌詞でまた新たなスタートをあらわしてるのかなと思います。

 

 終わりに

期待と絶望を繰り返す人生の中で、この曲を聴くとすごく救われるし、勇気を貰えます。僕は何度も『君の街まで』に寄っかかってます。

年間で1000回寄っかかってます。

 

ただ、作詞・作曲者本人による全曲トーナメントで『君の街まで』が初戦敗退してて鼻血吹き出したのはナイショ。。。。

 

 

関連記事

アジカン『藤沢ルーザー』の歌詞の意味を必死に考える【ASIAN KUNG-FU GENERATION】

 

では最後に、魂込めて歌います。

聴いて下さい。ASIAN KANG-FU GENERATIONで、『君の街まで』

 

 

ゆぅんやみ〜    の先っ!

ひかぁるぅ ぎぃーんの  月っ!

かがんみ みぃーー    たいにっ!

うつんる ボォーくらのぉ

 

ここんろぉ ボッ そさもっ!

ぜんんぶ かぁ~かえてっ!

きみんのまぁ~  ちまで!

とぶったぁ めぇ〜 のうたぁぁ

 

ゆらいでいるゥゥウ↑↑ ウウォ⤵︎ ︎

たよんりぃなぃ

きみんもいつかはぁ~

ぼくらをすくぅううぅ

あしんたんのっ!はねんにぃなるかなぁ…

 

にじぃをさ す影!

 かがんやくぅ 赤い!

 

きぎんのすぅ… きまをっ!

 

ふきんぬんけぇぇぇぇるかぜぇ

 

せつんなっさっ だけで!

かなんしんみぃ だけでっ

 

きみんのん まぁちまでぇっ

 

とべんりゃぁ いぃ~のになぁぁ♪

 

どなぁぁりにるぅぅぅう↑↑うヲ⤵︎ ︎

ざえんない ぎみぃもぉいつかはぁあ!!!

 

だれがをすくぅぅぅぅぅぅ↑↑うを♪

あしぃたぁのぉ 羽ぇにぃなぁるかなぁ

 

輝く向こぉぉぉぉ↑↑をのぉ

さきぃ ま で は とぉべえなぁいけどおお

たばたいてるぅぅぅ↑↑うを

あいだぁわぁきんえんないからあぁぁぁわゎぁっぁぁぁわっ!

 

(間奏)

 

いろーづく… きせぇつを… すぎぃゆく…

おもぉんいはいつだってぇぇぇえ…

 

かけぇあし、はやぁめて、にげぇんだす

君はいつだってぇ…

いぃつだってぇぇぇぇぇえいいぇいいぇいいぇ~~~~~い…

 

 

ツッタタッタッ ツッタタッタッ(LIVEだとちょっと長い)

 

ゆらいでいるゥゥウ↑↑ ウウォ⤵︎ ︎

たよんりぃなぃ

きみんもいつかはぁ~

ぼくらをすくぅううぅ

あしんたんのっ!はねんにぃなるかなぁ…

 

まだ夢のヨォォォォ↑↑をなぁ

場所まではとぉべぇえなくてもおぅ!

 

たばたいてるぅぅぅ↑↑うを

あいだぁわぁきんえんないからぁいえぇい

 

ちぃか づいた フゥユノォ

あしぃ おとぉ にまぁちが

あざぁやかぁないぃろに

そまってまぁいおぉどる!!!!!!!

 

 

以上!!!!!!!!!!